厚生労働省の資料によると、高齢者世帯のうち「生活が苦しい」と回答した人は48.3%にものぼる。年金収入だけではこと足りず、日々の節約を強いられている人が多い。
ただでさえ低栄養に陥りがちな高齢者
「物価の値上げも加わって、庶民の生活はますます苦しくなっています。高齢者の場合、こうした際にどこで融通をつけるかというと、やはり食費なんですね」
こう語るのは、大阪府羽曳野市を中心に食の分野で高齢者支援を行っているNPO法人『はみんぐ南河内』理事長の時岡奈穂子さんだ。
こうした昨今の傾向には、女子栄養大学教授で、医師の新開省二先生も警鐘を鳴らしている。
「この物価高は、総摂取カロリーよりも“食の質”への影響を大きくしているように思います。つまりは成人が1日に必要とされる2000キロカロリー前後をとっていたとしても、その中身は炭水化物中心でタンパク質や脂質が少ない。
さらには新鮮な野菜やくだものが高価なことから、ビタミンやミネラルが足りなくなる傾向にあります。食品価格が騰がっている昨今は、特に顕著ですね」
新開先生によると、シニア期は自然に食べる量が減っていく時期だという。食欲が低下し、噛む力や飲み込む力、食物を身体に取り入れる機能も低下する。朝・昼食を簡単に済ませて1日3食が2食になっている人も少なくない。
「小食が長く続くと70代では影響がガクンと出てきて、低栄養傾向の人が増えていきます。これはフレイル(加齢により身心の活力が低下した状態)を引き起こします。さらに低栄養となると、感染症にかかりやすくなったり、持病が悪化するといった懸念もあります」
時岡さんは加えて運動による身体づくりも大切と語る。
「中高年ともなると、暑くても寒くても家に閉じこもりがち。筋肉への刺激が減ることで筋肉量が減っていってしまうんです。60歳まではメタボリックシンドローム予防のためにも太りすぎないことが推奨されますが、65歳前後からはまずは食べることを意識。
しっかり食べてしっかり動いて筋肉量を維持、そしてそのためには肉や魚を毎日摂取することが必要です」(時岡さん)
とはいえ、肉や魚が軒並み高くなっている現状ではなかなか手が出せない……。
「タンパク質の補充には、卵と乳製品は狙い目かもしれません。比較的価格が安定しているし、スーパーの目玉商品となることも多い。朝食に牛乳1杯を添えてみたり、めん類で簡単に済ます昼食に卵を加えたりしてみてください」(新開先生)
時岡さんがすすめるのは豆類だ。
「豆腐や大豆料理はおすすめです。大豆から作られるきな粉は減塩にも最適。きな粉牛乳にしてもいいし、バターを塗ったパンにきな粉を振れば、バターでしっとりとして食べやすくなります」(時岡さん)
料理が面倒ならば肉はハムやソーセージ、魚は缶詰や魚肉ソーセージを利用するのも手。とにもかくにも、タンパク質はシニア世代の健康維持にまずとってほしい栄養素と新開先生。
「身体は細胞の合成と分解で成り立っています。シニアでもよく運動したりよく食べると合成が促進されますが、平均的には分解のほうが優勢で、食べる量が減ると、身体はシュリンク(収縮)していきます。
筋肉だけでなく、骨や臓器、脳も減っていくし、血管も柔軟性を失います。こうしたものの機能を保つためには、タンパク質が欠かせません」(新開先生)
「さあ、にぎやかにいただく」を心がける
シニア世代で自分が低栄養状態にあるとは気がついていない人が多いのだそう。カロリーは足りており、お腹は満たされている。体調不良がなければ自覚はしにくい。
「ぜひ一度、『指輪っかテスト』を試してみてください。両手の親指と人さし指で輪っかをつくり、ふくらはぎの一番太い部分をつかみます。
ふくらはぎの太さは、全身の筋肉量と比例するんです。指輪っかで囲めなければ合格。指と指がつながるようだと、筋肉量減少が考えられます」(時岡さん)
時岡さんによると、地域で暮らす高齢者が30人いたら3~4人、1~2割ぐらいはこの指輪っかテストで筋肉量減少のサインが出ているとか。
バランスよく食べるための助けとして、新開先生はアプリを利用することも一つの手だと提案。
「スマホアプリの『バランス日記』を試してみてください。このアプリは東京都健康長寿医療センターが日清オイリオグループ(株)と共同で開発したもの。
健康に必要な10食品群は各食物群名の頭の1文字を取り『さあ、にぎやかにいただく』という言葉でまとめています。アプリではタップするだけでこの10食品群のどれをとれたかが記録できるようになっています。いま不足している食品群がひと目でわかる仕組みです」
10食品群のうち1日7点以上と米などの主食を摂取できれば、十分健康を保つことができるという。
「若いときには過食が課題だったと思いますが、シニアになると過剰よりも不足が課題。唐揚げ、焼き肉といった中年世代に控えたかった脂質たっぷりの料理も、避ける必要はありません。脂質もシニアに不足しがちな栄養素だからです」(新開先生)
単身世帯のシニアには“個食”にも注意が必要だ。
「一人になるとどうしても調理を避けがちです。するとインスタント食品に目がいって、気がついたときには低栄養に。ちょっとしたおかずを持ち寄って家で友人と会食したり、たまにはファストフード店などでもいいので、外食も楽しんでください」(新開先生)
話を伺ったのは……
新開省二先生●女子栄養大学教授。医師・医学博士。愛媛大学医学部助教授(公衆衛生学)を経て、東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター)では健康長寿に詳しい医師として地域保健活動も行う。
時岡奈穂子さん●管理栄養士。NPO法人はみんぐ南河内理事長。高齢者や障害者またはその家族に対し、介護保険、障害者支援に関する事業と、市民への栄養や食事に関する啓発活動を行っている。
取材・文/千羽ひとみ