「認知症予防には、脳トレや脳に効く食事だけではなく、身体を動かす“筋トレ”が重要です」と運動療法インストラクターの本山輝幸さん。筋肉から脳への刺激で、軽度認知障害の人の認知機能が正常レベルまで回復したデータも。おうちでできるお手軽筋トレで、脳を若々しく!
「MCI(軽度認知障害)や認知症の人には“感覚神経が鈍い”という共通の特徴があります」
そう話すのは、長年、認知症を予防・改善する運動療法の指導を行ってきた本山輝幸さん。感覚神経とは体外から受けた刺激などを脳へ伝える働きを持つ。
運動しても疲れない。認知症のサインかも
「それが鈍ると暑さや寒さを感じにくくなり、身体を動かした時の筋肉の刺激や疲れも脳に伝わりにくくなります。認知症の方が思いもよらないほど遠くまで徘徊(はいかい)することがあるのはそのためです」(本山さん、以下同)
そもそも感覚神経はなぜ鈍くなるのだろうか。
「近代化が主な原因と考えられます。ボタンひとつで機械がなんでもやってくれる生活では、身体に負荷がかからず、筋肉と脳をつなぐ感覚神経は鈍くなってしまいます」
感覚神経は認知症を発症して鈍るのではなく、日頃から鈍い人が認知症になる可能性が大きいという。
「5人に1人は幼少期から鈍いといわれます。そういった人が高齢になるとさらに鈍くなり、認知症を発症しやすくなるのです」
脳への刺激は認知症の予防や改善に重要。特に筋肉からの刺激は脳に直接かつ強力に作用するため、もっとも意味があると本山さん。
脳と筋肉をつなぐ感覚神経を改善することが認知機能向上のカギとなると考え、たどりついたのが“負荷が強めの筋トレ”だった。
「1gより1kgのものを持ったほうが重たいと感じるように、筋肉にかかる負荷が強いほど脳が刺激を感じやすい。
研究実験としてMCIの被験者に週1回3か月、強めの筋トレを指導したところ記憶能力が2.5倍となり、すべての被験者の認知機能が正常レベルとなりました。同時に実施した健常者の記憶能力も1.5倍と改善しています」
意識集中とやや強めの筋トレがカギに
高強度の筋トレを行ううえでポイントとなるのが“意識”。
「動かしている筋肉に全神経を集中するんです。一般的な筋トレは筋肉の増強や肥大化に重きを置きますが、本山式では、筋肉へ意識を集中するために器具や重量は使わず自重のみで行い、筋肉で生じる刺激(痛み)を自覚しやすくしています」
まずは自分の感覚神経の状態をセルフチェック法で確認。痛みを感じにくかった人は感覚神経の働きが鈍っている可能性が高い。
「自分は鍛えているから体力があるし若い」と思っている人でも、漠然とした運動では脳への効果は期待できず、むしろその“疲れ知らず”の体力が、脳の衰えのサインかもしれないのだ。
でも諦めることなかれ。20年以上にわたる運動指導で、1000人以上のMCIや認知症患者が健常者レベルに回復し、その後の再発もしていないという。
7年前に主治医から“進行性の若年性アルツハイマーで2~3年で寝たきりになる”と診断され、本山さんのもとを訪れた67歳の女性もそのひとり。
「以前は、頭の中が真綿でいっぱいで、その中に空いた、針ほどの穴から外を見ている感覚で何も覚えられず、考えられなかったといいます。その間、心配した家族に連れられて行った海外旅行の記憶もまったくないとか。
それが筋トレを続けた結果、3年後には完全に治って仕事にも復帰、今でもミスなく、仕事で必要なクライアントの住所も一度で覚えてしまうほどだそうです」
MCIと自覚できずに放置すれば、6年でほぼ8割が認知症になるといわれる。筋トレに加えて、階段や坂を上るときは太ももに意識を集中するなど、普段から強い負荷がかかる場面で、使っている筋肉に集中するクセをつけることも効果的だ。
「階段を上りながら太ももの痛みや刺激を感じられるようになってきたら、脳と太ももの感覚神経がつながってきたサイン。継続して脳を活性化しましょう」
【本山式筋トレ】にトライ!
脳に伝わる刺激がもっとも大きい大腿部(太もも)の筋肉を鍛える筋トレ4種を紹介。セルフチェックで痛みの少なかった人はできるだけ毎日、痛みが正常レベルの人は週に1回を目安にトライしてみよう。
ももUP&DOWN
太ももの表側の筋肉から脳に刺激
(1)イスに腰かけ背筋を伸ばし、両手はイスのふちを持つ。片足をまっすぐ前に伸ばし床から水平になるまで上げる。
(2)太ももの表側に意識を集中させながら、伸ばした足を10cm程度、ゆっくりと上下させる。もう片方の足も同様にする。
ガニ股スクワット
下半身全体の筋肉から脳に刺激
(1)足先を外側に向け、肩幅の2倍以上の広さに開いて腰を落とし、両手は胸の前でクロスさせる。
(2)背筋を伸ばしたまま、腰を20cm程度落とし、ゆっくりと10回、上下させる。
ひじ・ひざPUSH
太ももの内側の筋肉から脳に刺激
(1)両足を肩幅の2倍以上の広さに開いて腰を落とし、前傾して両ひじをひざの内側に当てる。全力で、ひじは外側にひざを開くように、ひざは内側にひじを閉じようとする動きを同時に行う。
(2)(1)の動きを10回繰り返す。このとき、腕ではなく太ももの内側に意識を集中させる。
ヒップ・レッグUP&DOWN
太ももの裏側とお尻の筋肉から脳に刺激
(1)イスから40~50cm離れて立ち、背もたれに手を添えて片足を伸ばしたまま後ろに引き上げる。
(2)そこから水平になるまで、30cm程度を目安にゆっくりと足先を10回、上下させる。反対側の足も同様に。お尻から太ももの裏側を意識。
教えてくれたのは……本山輝幸さん●総合能力研究所所長。公益財団法人健康・体力づくり事業財団所管健康運動指導士。メモリークリニックお茶の水などの認知症専門医療機関で運動療法を指導。『認知機能改善30秒スクワット』が11月末に発売予定。
取材・文/荒木睦美