山本周五郎賞を受賞した『平場の月』をはじめ、読む人の記憶に残る作品を書き続けている朝倉かすみさん。最新作『よむよむかたる』は、平均年齢85歳の超高齢者読書サークルを舞台にした長編小説だ。
「私の母は60歳を過ぎてから『年を取ったら家族や親戚のほかに、お友達が大切』と話すようになり、踊りやカラオケなどのシニアサークルに参加しはじめました。その中で一番、長く続いていたのが読書会だったんです」
育った北海道・小樽を舞台に
『よむよむかたる』の舞台となるのは小樽の古民家カフェ「喫茶シトロン」。この店で月に一度、読書会“坂の途中で本を読む会”が開かれている。
「私は15歳まで小樽で育ちました。“坂の途中で本を読む会”の主要メンバーが現役だったころに小樽に住んでいたことになるので、当時の空気感がわかります。小樽は愛着のある街でもあるので、今回の小説の舞台にしました」
読書会では、複数人が同じ本を読んで感想や意見を述べるのが一般的だ。一方、“坂の途中で本を読む会”では参加者が自分の担当箇所を朗読するところから読書会が始まる。
「“坂の途中で本を読む会”の段取りは、母が参加していた読書会と同じです。母はよく家で自分が朗読するパートの練習をしていました。声を出すことは気持ちがいいですし、自分の朗読に対して感想をもらえることが張り合いになっていたのだと思います」
“坂の途中で本を読む会”のメンバーは88歳の元アナウンサーの会長、86歳の元中学教師の副会長、夫が14歳年下の92歳の女性など7名から成る。自由にのびのびと読書会を楽しんでいるメンバーだが、中盤には各自が老いや衰えを自覚する場面が描かれている。
「読書会のメンバーが持っているセルフイメージは、ある時点から“ちょっとばかり年をとった自分”なんです。年齢とともに身体のどこかが痛んだりするものですが、その痛みが死に近づいているものであるのかどうかは誰にもわからないと思うんです。でも、何かのきっかけで自分の現状を突きつけられることって、ありますよね」
朝倉さん自身、60代を迎えたころから、体力の衰えを実感しているという。
「集中力が続かなくなりましたし、頑張りが利かなくなりました。最初のころは『怠けているだけなんじゃないかな』と思ったのですが、次第にこれは老いなのだと気づきました。自分が調子よかったときのことって、身体も心も覚えているものなんですよね。今の自分に合った頑張り方に慣れるまでには、少し時間がかかったように思います」
老いを自覚したことで朝倉さんは仕事の仕方を変え、本作で初めてプロットを作成して執筆を進めていたそうだ。
今どきの文化も取り入れる
「これまでは書きながら文章や展開などいろいろなことを考えなくてはならず、大変だったんです。年齢とともに集中力が低下しているものの、章立てをして、その章の中で書きたいことをまとめたプロットを作ることで、小説を書くという作業に集中することができました」
その一方ではプロットから外れ、当初の予定とは違う展開になった部分もあるという。
「その出来事が生じたことで、なぜ私がこの物語を書きたいと思ったのかがハッキリわかったような気がします。家族や親戚、同僚といった関係では到達できない、その人の胸の奥にある、その人がその人である証拠のようなもの。それに触れられる間柄というのは宝物のようなものですし、いくつになっても大切なことなのだと改めて思いました」
実際、朝倉さんのお母様にとって、読書会はかけがえのない場所だったという。
「母は熱が出ていても読書会に行こうとしていたんです。よく『読書会が生きがいだ』と話していたのですが、この小説を書くことで母の言葉が腑に落ちました」
“坂の途中で本を読む会”には、「喫茶シトロン」の雇われ店主でもある20代の青年も参加をしており、高齢者と若い世代が交流する様子が描かれている。
「母の読書会を見学したとき、小説の感想を言い合ううちに自分の思い出話を始めたりして、そのたびに新鮮な驚きを感じたんです。そうした感覚を伝えたいと思い、世代の若い店主にも読書会に参加してもらうことにしました」
読書会メンバーのアクリルスタンドや応援うちわが登場したりと、本書では今どきの文化も楽しめる。
「応援うちわを作る材料は100円ショップでそろいますし、アクスタは年齢問わず持っている人が多いですよね。私も岩波少年文庫の全員プレゼントでもらったアクリルキーホルダーを持っています(笑)。雑誌の付録にキャラクターものの小物がついていたりもしますし、女性はいくつになっても可愛いものが好きですよね」
そう話す朝倉さんが、今、気になる可愛いものとは?
「またぎに憧れるエゾシカの『またぎのもみじちゃん』というキャラクターが好きで、特に“暴言クリアファイル”が気に入って集めているんです。『アイツ狩ル』とか、またぎのもみじちゃんが暴言を吐くのが可愛いんです(笑)」
一人行動が多いからアリバイを証明してくれる人がいない
最後に朝倉さんから、読者に次のようなメッセージをいただいた。
「本を読むと自分の知らない非現実の世界にあっという間に行くことができるんですよね。ぜひ読書をしてその醍醐味を味わってもらい、面白いと思った本は広めてもらいたいですね。その本が『よむよむかたる』だったら、著者として、とても幸せです」
最近の朝倉さん
「普段から一人で行動することが多いので、万が一、事件に巻き込まれたときにアリバイを証明してくれる人がいないんですよね。それに、昔の殺人事件のことが気になってネットで調べたり、図書館で関連書籍を借りたりもしているので……。履歴だけを見たら、ちょっと異常者に思われるのではないかと心配になることがあります(笑)」
『よむよむかたる』 朝倉かすみ 文藝春秋 税込み1870円
取材・文/熊谷あづさ
朝倉かすみ(あさくら・かすみ)/1960年北海道小樽市生まれ。2003年『コマドリさんのこと』で北海道新聞文学賞、2004年『肝、焼ける』で小説現代新人賞を受賞しデビュー。2009年『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞、2019年『平場の月』で山本周五郎賞を受賞。他の著書に『ほかにだれがいる』『てらさふ』『満潮』『にぎやかな落日』など多数。