小田急小田原線柿生駅。高齢の姉妹は下りホームの端に立っていた

 77歳と90代(推定)の“姉妹とみられる”2人が、神奈川県川崎市麻生区の小田急線柿生駅で飛び込み自殺を図ったのは、4月24日の午後2時半ごろだった。あれから1か月がたとうとしている。

 神奈川県警広報担当者は、

「被害者のひとりは東京都町田市の77歳の女性とわかりましたが、90代と推定されるもうひとりの身元は現在でも特定はできていません。姉妹と一部報道されていますが、断定できません」

 遺書も残されていない。当日の足取りも不明だ。何らかの福祉サービスを受けていれば、担当者が気づくはずなのだが……。

 ただ、最後の様子が目撃されていた。駅の監視カメラだ。

「南口の改札から入ってきて、下り電車のホームのいちばん端のベンチに座り、ホームのへりとベンチを行ったり来たりする映像が残されていました。そして、急行電車が来たときに、手をつないで飛び込んだのです。77歳の女性の周囲の人も、死にたいなどの言葉は、聞いたことがなかったそうです。動機はまったく不明」

 と広報担当者は伝える。

 ホームのへりとベンチを行き来していたことから、2人が迷っていたことがうかがえる。

 事故直前に、知人が同じホームにいた、という駅近くの商店に勤める女性が話す。

「知人は、買い物の帰りに柿生駅で降り、疲れたので駅のベンチで休んでいたところ、目の前を、2人が横切ったそうです。若い方(77歳)が先を歩き、後から年上の女性が杖をつきながら続いていた」

 記憶に残っているのは2人の行動が不思議だったから。

「ホームの端まで行ったので“どこから乗るんだろう”と思ったそう。その後も電車が来ても乗らずに、ずっとホームにいたそうです。2人ともすらっとした人でスカートをはいて、よそゆき、と思われるきれいな格好をしていたと聞きました」(同・女性)

 疲れが取れた知人は改札を出て、家路についた。2人が飛び込んだのは、その後だ。

「ブオーッという長い警笛が聞こえたので事故だと思いました」と踏切近くの70代女性商店主は記憶する。「後ろから3両目だぞ」という緊迫した駅員の声を、近くの美容院スタッフは聞いたという。

 前出・商店勤務の女性は後悔する知人の心情を代弁する。

「気になったそうですが、声はかけられなかったそう。あのとき、声をかけていれば思いとどまってくれたのでは……と悔やんでいます」

 同じ川崎市では4月15日にも、京急本線八丁畷駅に隣接する踏切で自殺しようとした無職男性(77)と助け出そうとした男性銀行員(52)が、電車にはねられ命を落とすなど高齢者の鉄道自殺が後を絶たない。

 なぜ、鉄道自殺に向かってしまうのか。

飛び込む直前に2人が行き来していたベンチとホームのへり。小田急小田原線柿生駅

鉄道自殺を選ぶ心理とは

 高齢者の自殺問題を研究する青森県立保健大学の坂下智恵准教授は自殺理由について、

「健康問題や近親者との死別などによる抑うつ状態、誰とも交流しない孤立状態など、いくつかの理由が重なった複合的な状況が考えられます。

 孤立は心理的にも負担がかかり、自殺をするリスクを高めます。単身世帯でも“孤立”していない人はたくさんいますし、家族と同居していても孤立感を募らせる人もいます」

 鉄道自殺を選ぶことについては、

「模倣自殺が考えられます。報道などで知り、こんな死に方ができるんだ、とまねをしやすくなる。普段は絶対にできないはずですが、追い詰められている人は、飛び込むしか手段がないと思うほどに判断能力が低下しているのです」

 徳島県で自殺防止活動を行うNPO法人『アプローチ会』理事長の勝瀬烈医師は、

「長生きしても寝たきり、病気に悩まされているのはつらいですよね。さらに人間関係、貧困、体調不良などに苦しみ、好転する兆しが見えなかったら悲観してしまいます」

 と高齢者が直面する苦悩を語り、表情を曇らせる。

 自殺する高齢者を救う手立ては、まずは本人の意思、そして周囲のケアによるところが大きい、という。

 勝瀬医師は、

「自殺を防止するためには、メンタルを整えること。運動とバランスのとれた食事で健康を維持し、そして周囲とのコミュニケーションや、手助けが欠かせません」

 と話し、具体的には、

「夜はいろいろ考えずに眠り朝起きたらまずは身体を動かす。“貯筋”するように筋肉を作ることも病気の予防になります。家庭菜園やペットを飼ったりするのもいい。花に水をあげるから寝ていられない、ペットの世話がある、と元気を取り戻す人もいます。そして深刻な話はせず、元気? 天気いいねなどと声をかけるだけでいい」

 坂下准教授も周囲のケアを重視し期待を込める。

「60代後半から70代は、身体の機能が衰えてくるので、気をつけたほうがいいかもしれません。変だな、と思ったら、しかるべき機関につなげたり、福祉サービスの申請を手伝ったり、おせっかいだと思われても積極的に関わってもらいたいと思います」

 冒頭の事故現場近くでも、高齢者の切なる声を耳にした。

「年をとれば身体だってあちこち悪くなるし痛くなる。外に出るのもおっくうになる。飛び込み事故は他人事じゃない」と70代女性。

 60代の福祉関係の女性は、「苦しみをうちに秘め、ひとりで耐えている高齢者がいることを社会のみなさんにも知ってほしい」

 ここ数年、減少傾向の自殺者数だが、それでも年間2万2000人弱('16年)が自死という終末を選ぶ。成人の4人に1人が本気で自殺を考えたことがあるとの調査報告も。

 年をとれば誰もが衰える。そこに寄り添う人がいるだけで、救われる人は多い。