抜け出すためにどうすれば? 正しい接し方と解決法
悲惨な状況を目の当たりにし、どうしていいかわからず慌てるばかり……。もしも身近な人が陥ったとき、そうならないために、有効な対策や予防法をしっかりインプットしておこう。
■本人の状態や資質により有効な対策は違う
心と身体が分離した状態は同じでも、本人に自尊心が残っているかどうかで対応の仕方は変わると田中先生。
「自尊心が残っている場合、昔ながらの友人や地区の民生委員などの第三者に協力してもらい、みんなも困っているよという話をすることでもともと社会的立場を気にかける人なら、特に自分も動かなければという気持ちを呼び起こせる可能性があります。一方、自尊心が残っていない人は治りたいという気持ちがそもそもないので、身体をきれいにしなさいなどと正面から説得しても意味がありません。治療方法としては強制的に身体をきれいにすることから始めます。本来、心と身体はつながっていますから、身体をきれいにしたり、女性なら化粧をさせたりすることで心が戻っていく効果が期待できます。つまり分離した心と身体を再び合体させるような治療を行っていきます」
ただし、結果を焦るのは禁物。
「人間は心身の構造上、3回経験すると無意識が発動して行動できるようになっているんです。1回目は意識だけの領域に指示を与えて拒絶されても、2回目には前回の記憶があるため少しずつ無意識の領域にまで指示が下りていきます。そして3回目には、無意識が発動して自動的に動けるようになるんです。だから、一気に解決しようとしてはダメ。その人が現況に陥ったきっかけを理解し、自分を守るために自閉状態になっていることを受け入れたうえで心身が分離する状態に至るまでの道のりを、反対にたどる作業をしていかなければいけません。同じことを3回繰り返しながら、根気よく接していくことが必要なのです」
■人や社会との交流、自立を意識した教育も重要
冒頭であげた、家族の死や恋人との別れ、病気といった環境の変化は、誰にでも起こりうること。では、そこからセルフネグレトに陥らないための予防策とは?
「一番は、人や社会との関わり、つまり社会性を大切にすることですね。人格というのは、他者との関わりによって形成されるものですから、地域社会や家庭の中で、自分の存在価値が明確になれば向上していきます。私がいなければ困る人がいる、という意識を持つようにするのもいいでしょう。また子どもに対して、親や周囲の人間がすべてやってあげるのではなく、ゴミ出しなど何かしら日課を与えるなどして、子どもの自立性を高めていくことも、健やかな心を育み、セルフネグレクトを防ぐ対策になります」
なお、家族や友人だけに限らず、困ったときには専門家や行政サービスも活用したいところだが一部、問題点も。
「高齢者であれば、介護保険制度や民生委員など、ある程度対応してくれる窓口がありますが、若者や中年層には、今のところ社会にサポートする仕組みがないのが問題。この点は今後、早急に解決するべき課題ですね」
■1度で完治とはいえないから再発しない暮らし方を
1度、脱することができても、また何かのきっかけで、容易に再発する可能性があるのがセルフネグレクトの怖いところ。特に、他者のサポートによって外に出した場合は、すぐに元に戻ってしまう危険性も。
「再発を防ぐために、こもっていた部屋をなくしてしまうなど先手を打って環境を整えておくのも手です。また、根本的な部分ですが、現代人は心の問題ばかりに注目して頭でっかちになっている人が多い。やはり人間は心身両面を働かせることでバランスがとれるんです。普段から身体を動かす習慣をつけるのも、再発予防に有効だと思います」
<話を聞いた人>
田中伸明先生◎日本神経学会認定医、日本東洋医学学会専門医、医師会産業医。諏訪中央病院(鎌田実院長)で地域医療に従事、その後、大学教授などを経てベスリクリニックを開設。薬に頼らないメンタルケアを提唱している。