加害者にも「強姦神話」適用
性暴力をめぐり、前述のとおり“被害者にも落ち度がある”といった『レイプ神話』がまことしやかに喧伝されてきた。加害者についても同じで、「性欲が非常に強い」「異常者」などのイメージが広く社会に浸透している。警察や裁判所も例外ではない。
大阪府立大学の客員研究員で、性暴力加害者の研究を行う牧野雅子さんが指摘する。
「“性犯罪は性欲によって起こる”という前提で、加害者の取り調べ、供述調書の作成が行われています。妻とのセックスは週に何回か? 満足しているのか? 性欲は強いほうか? などと尋ねて、性的に欲求不満であったことを聞きだす。妻を呼んで、夜の生活はどうなっているのかと聞くケースもよくあります」
これらは犯行動機を調べて立証するために行うものだが、加害者が語りだすより前に、警察の手で“加害行為をふるった原因は「性欲」”というストーリーが作られているかのようだ。
「何を聞くか、どう取り調べるかについては、捜査の参考書のような本があり、そこにも“早いうちに性的欲求不満だったということを調書にしておく”などと書かれています」(牧野さん、以下同)
性欲のほかに、「本能」という言葉が使われることも多い。牧野さんの著書『刑事司法とジェンダー』には、現職の警察官が起こした連続強姦事件が事例として登場する。その供述調書は、例えばこんな具合だ。
《夜一人歩きをする若い女性を見つけては、本能のまま女性の後をつけ(略)》
《本能のまま、若い女性が一人で住むマンションアパートがないか物色》
《本能のまま、この部屋に忍び込めるかと(中略)窓の状態を確かめて》
《本能のまま運転席から後部荷台の女性のところまで移動し》
本能とは本来、動物が生まれながらに持っている性質を指す言葉だが、部屋の物色や侵入、座席の移動といった行為を「本能」で説明するには無理がある。なにより加害者は、目隠しや脅すための道具を事前に用意し、身元がバレないようナンバープレートの偽装工作をするなど犯行は計画的で、それを自ら認めているのだ。明らかに「本能」と矛盾している。
「性欲という言葉は、警察の取り調べだけでなく、検察や裁判所でも使われていますが、おそらくしっかりとした定義はありません。その場で都合よく、幅広い意味で使われます。明治に近代司法が始まったときから、司法は性欲原因説で動いていて、それに合わせて取り調べや調書を作り、流れ作業のように処理している。レイプ神話に毒されたまま、いろいろなことが進められてしまっています」
あらかじめ作られたストーリーに合致する供述だけが採用されるため、加害者の発言をわざと見過ごし、調書に書かないことも珍しくない。
「先述した加害者の強姦事件で、1件だけ未遂に終わったケースがありました。調書を見ると、被害者が抵抗した事実が記されずに、加害者が人間らしい“情け心”を起こして、自発的にやめたという書き方になっていました。これでは裁判で、加害者に有利に働くおそれもあります」