50代の九段と伸び盛りの20代の五段が対局した場合、前者が勝つとは必ずしも限らない。

「極端な話、将棋は強ければ小学生でもプロになれます。年齢やキャリアがものをいう世界ではなく、すべてが実力。それも魅力だと思います」(伊藤さん)

 勝ち続けることが難しい棋界において、次々と記録を塗り替え、ついには日本将棋史でただひとりの“永世七冠”となった羽生竜王はいわば将棋の生き神様。

羽生永世七冠は千代の富士、藤井五段は貴花田

「年間勝率が高い棋士はたくさんいますが、2000局以上戦っていて、現在まで生涯勝率が7割を超える棋士は、羽生永世七冠だけ。同年代の名人経験者とは勝率が1割近く違います」(青野九段)

 羽生永世七冠の偉業は戦績だけにとどまらない。

「現在は公開対局が増えましたが、昔は非公開が当たり前でした。タイトル戦の公開対局の先駆けとなったのが、羽生永世七冠。約30年前、竜王戦に挑戦したときからです」(松本さん)

 さらに羽生永世七冠は、ファンサービスでも棋界に新風を吹き込んだ。

「タイトル保持者と挑戦者を交え、ファンが交流できるタイトル戦の『前夜祭(※1)』も、羽生永世七冠が率先してファンと触れ合っています。七冠独占の羽生ブーム('96年)のとき、彼は開かれた棋界を目指し、イメージを変えるべく尽力した。そういう点でも時代の寵児なのです」(青野九段)

 2月17日『朝日杯将棋オープン戦』の準決勝。羽生善治永世七冠と藤井聡太五段(当時)が公式戦で初めて戦った。

将棋界のイメージを変え、伝説的な記録を打ち立て、国民栄誉賞も受賞したという意味で、羽生永世七冠は千代の富士のような存在といえます。対して、藤井五段は貴花田(当時)のような存在。まさに世代交代を告げるべく登場した、新世代の天才です」(松本さん)

 勝利したのは藤井五段。決勝では広瀬章人八段をも下し、自身初となる棋戦優勝。同時に、史上最年少での六段昇段も決めた。

「決して運よく、相手に恵まれたわけではありません。2回戦では佐藤天彦名人とも当たっています。すべてトップ棋士に正面から当たったうえでの優勝です」(青野九段)

「“中学生に負けるほど棋界のレベルが落ちた”わけではありません。近年は将棋ソフトの台頭もあり、むしろ棋界のレベルは年々上がっています。藤井六段だけ、別次元の才能が感じられるんです」(松本さん)

 藤井六段は、まだ中学3年生。'15年10月に14歳2か月でプロ棋士(四段)となり、62年ぶりに“最年少棋士記録”を更新した。“神武以来の天才”と呼ばれたあの加藤一二三九段よりも5か月早い。その後、デビューから無敗のまま歴代最多連勝記録(29連勝)を樹立したのは記憶に新しい。2月1日には五段に昇段、たった16日後には史上最年少で六段に。

「そもそも棋界は才能ある人々の集まりですので、私はできるだけ“天才”という言葉は使わないようにしています。でも、藤井六段だけは、間違いなく天才です」(松本さん)