「結愛を返してほしい」
東京に引っ越して以降、近所の住民も結愛ちゃんの存在に気がついていなかった。
「1月末に、親子3人で引っ越しのあいさつに来たんです。(容疑者は)服装もきっちりしていて、さわやかな人でした。奥さんは赤ちゃんを抱いていて、うつむいて暗い感じでした。娘さんの姿はなく、3人家族だと思っていました」
と近隣の60代女性。香川時代、幼稚園で子どもが同じクラスだった母親が証言した「若くてきれいなお母さん」という母親の姿はすでに失われていた。わが子がやせ細っていく姿を、どういう思いで見ていたのか。近隣の別の60代の女性は、こう指摘する。
「泣き声は聞こえなかった。もう泣く力もなかったんじゃ……。奥さんも“母親”になりきれなかったんだろうね」
香川県から引き継ぎを受けていた品川児童相談所は、2月9日に家庭訪問をしていた。
同児相の所長は、
「児相に嫌な思いをした、などと拒絶的な態度で、結愛ちゃんを確認することはできませんでした。母親と関係を築けるよう対応を検討していくところでした。事件を重く受け止め、対応を検証します」
と話すが、結愛ちゃんの曽祖父は怒りをあらわにする。
「行政がちゃんとしとったら死なんですんどったはずや。寒い思いして痛い思いして、どれだけつらかったか……」
と複雑な胸中を明かす。
曽祖父の携帯電話の待ち受け画面は、サングラスをかけておどけている結愛ちゃん。本当に心を許している人に見せる無邪気な姿だ。
孫夫婦が離婚するころ、曽祖父母が「結愛ちゃんを連れて来てくれ」と頼んだことがある。それが結愛ちゃんを見た最後になってしまった。
「ニコニコして、車の中から“じいじ、ばあば、また来るからね”って手を振った姿が忘れられません。公園でボートに乗ったり、うちで飼っている犬にエサをあげたり明るく優しい子やった……。その後は母親に何度電話してもつながらなくて。自分でお腹を痛めて産んだ子なんやから、最後まで守るのが母親の役目やないんやろうか」
曽祖母は声を震わせながら、無念さをにじませる。そして、
「もし事件前に会えたら、じいじとばあばのところに帰ってきたかった? と聞きたい。私が引き取っていればこんな目に遭わせなくてよかった。結愛を返してほしい」(曽祖母)
亡くなったとき結愛ちゃんの体重は約12キロ。5歳児の平均体重より約6キロも少ない小さく悲しい亡骸だった。