「人間を描いていればテーマはちゃんと出てくる」
大監督と駆け出しの女優では、なかなかその距離は縮まらず、話をする機会もなかったそうだが、あるときふたりきりになる時間ができた。
「照明の準備を待っているときでした。監督さんが突然“僕はあまり世の中のことに関心がないんだよね”とおっしゃったんです。
私は映画『ひめゆりの塔』の撮影が終わったばかりで、若くて感受性の強かった時期ですから、女優も社会人のひとりとして、戦争や平和をちゃんと考えないといけないと思い始めていたころでした。だから、おっしゃっている意味がよくわからなかったんです」
彼女がその意味を理解したのは、それから何十年もあとのことだったという。
「無理に表に出さなくても、人間を描いていればテーマはちゃんと出てくるという、そういう意味だったのがやっとわかりました。人間を描くということがいちばん大事だということを。演じる立場としても、そういう気持ちで演じなければならないんだということを教えられました」
香川が若いころに一緒に仕事をした先輩俳優や監督、スタッフ、当時の現場を知る人たちの多くは鬼籍に入っている。そのため、彼女はいま当時を話し伝える役目を担っている。といっても、決して女優を辞めたわけではない。
「みんな、意外だと言うんですけど、喜劇をやってみたいんです。ワァーッて笑うんじゃなくて、何となくおかしい、クスッとしてしまうような楽しい作品をね」
瞳の奥がキラリと光った。
“人間を描けば社会というものが自然と出てくる”という小津監督の教えは、今も彼女の胸にしっかり刻まれている。
〈取材・文 佐々木博之〉
《イベント情報》
6月16日〜22日/新宿ピカデリー
6月23日〜7月7日/角川シネマ新宿
7月6日〜12日/なんばパークスシネマ
7月13日〜26日/ミッドランドスクエアシネマ
8月10日〜23日/神戸国際松竹にて
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