「生まれてきてよかった。期待されることがうれしい。私は初めてそう思えたんです」
14歳のとき、高校受験を機に発症し、29歳で『摂食障害からの回復施設・なのはなファミリー』に入居するまで、青春時代のすべてを摂食障害という病に蝕まれてきた、私市奈央さん(39)。
1日のほとんどの時間を大量の食料を食べ続け、胃がはちきれそうになると吐く、その繰り返しだけに費やしてきた。心も身体も疲れ果て2度の自殺未遂の末、みずからの人生に完全に絶望していた。
【前回までの奈央さんの壮絶なストーリーはこちら】
第1回:摂食障害で25キロに「客観的に見たらミイラだった」少女が語る狂った毎日
第2回:摂食障害だった女性の絶望的な日々「カビの生えたパンも平気で食べるようになって」
第3回:摂食障害で骨と皮だけになった少女の闇 父親は「死んでもかまいません」と
そんな過去の壮絶すぎる苦しさを微塵も感じさせない、明るい表情の奈央さんが今、ここにいる。
共同生活を通して成長できた
「この4年生の教室が、私たちが使っている部屋です」
「このお風呂場も、以前は体育倉庫だったところを、みんなで手作りしたんですよ。温泉旅館の岩風呂みたいで素敵でしょう?」
そう言うと、奈央さんは誇らしそうに笑った。
現在、岡山県勝田郡勝央町にある、なのはなファミリーの施設は、廃校となった小学校の木造校舎をそのまま譲り受けたものだ。かつて教室だったところに畳を敷いて、それぞれ12~13人用の広々とした居室にしている。
入居者は60人ほど。22歳から25歳を中心に10代から30代まで、さまざまな年齢の女性たちが共同生活を送っている。すでに入居して10年を経た奈央さんが施設を案内してくれた。
かつて昇降口だったと思われる玄関には、泥のついた長靴がたくさん並んでいた。
「私は毎年5月の後半にやる田んぼの代掻きが大好きなんです。田植え前の準備段階で、水を張った田んぼをトラクターで水面をトロトロにならす作業です。畑でトラクターを使うのと違い、まるで船に乗って航海をしているような感覚になる。きれいにならせるとすごくうれしいんです」