しかし頭ごなしに食生活を注意しても、さらに自暴自棄になり、拒絶されることも多い。そこで山下さんは、佐藤さんがぬいぐるみ好きで、テレビショッピングで買ったぬいぐるみに向かって話し掛けているのを利用した。自分が好きなものに関しては、佐藤さんは目を輝かせて話してくれる。そんな些細(ささい)な会話をとっかかりにして、少しずつ信頼を得ることで、医療行為にもしぶしぶながら応じてもらっているのだという。
それでも、佐藤さんはかろうじて医療の網の目に掛かっている分、まだ幸せなほうかもしれない。高齢者は、民生委員の訪問が典型的だが、いろいろな人の網の目に掛かりやすい。しかし、若年者が一度セルフネグレクトに陥ると、誰の目にも触れないまま死を迎えることもある。
孤独死の大半を占めるセルフネグレクトは、失業や離婚、病気などさまざまなことがきっかけで起こるもので、誰でもそのような状態に陥る可能性がある。孤独死予備軍1000万人時代――、決して他人事ではないのだ。
<プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。