ただ、やり方次第では、経済にとどまらない効果を生む方法もある。

「ロンドン大会では、五輪開催期間中に自国企業の海外展開を促すPRイベントやフェスティバルを開催し、五輪を自国全体のマーケティングイベントとしてプロデュースすることで成功しています。この戦略から学ぶものはある」

 日本の技術力や文化を世界に広く発信するには、東京五輪ほど最適な機会はない。

「ところが、国際的な展示場である東京ビッグサイトは、五輪開催時には『国際放送センター』などメディアの拠点となるため使えません。コミックマーケットやビジネス展示会の多くが、休止や移転先会場探しに追われています。

 本来であれば、国外のあらゆるメディアが来訪する五輪開催期間中にこそ、多様なイベントや展示会を連動して開催し世界へ発信していかなければならない。自ら波及効果を断っているようなものです

 さらには経済効果どころか五輪後の景気の落ち込みを危惧する声も。“オリンピック不況”に襲われる可能性は、どのくらいあるのか。

「1964年の五輪後の日本経済は“昭和40年不況”と呼ばれる景気後退に直面したことから、五輪後に不況が到来するとの懸念がささやかれています。しかし、当時と比べ経済の規模が拡大し成熟化が進んでいる現在では、五輪後の景気下振れのリスクはそれほど大きくないでしょう。

 ただ、インフラ整備をやみくもに行えば日本の財政悪化はさらに深刻となる可能性が高くなります。オリンピック開催に伴うインフラ整備で財政赤字が拡大した国として頭に浮かぶのはギリシャ('04 年開催)ですが、その後、リーマン・ショックの影響を受け長期にわたる財政危機に陥ったのは周知の事実。日本は財政健全化を強く意識したロンドン五輪のケースを参考にして財政規律を維持する必要があると思います

50代以降を巻き込めるかが重要

 経済効果はしょせん、机上の空論にすぎないのか……。しかし、藤さんは「ウルトラCではないが、世界から大きな注目を浴びるオリンピック・パラリンピックをつくり出す方法がある」と断言する。

「日本では、60歳以上を中心とするスポーツと文化の祭典『全国健康福祉祭』(通称・ねんりんピック)が1988年から毎年開催されています。こういった取り組みを五輪開催とコラボさせるのです。超高齢社会を迎えた日本が、いま、再びスポーツの祭典を開催する意義を打ち出すべきではないでしょうか」

 実は、パラリンピックという名称は、1964年の東京オリンピックの際に初めて採用された。第1回パラリンピック開催都市の東京だからこそ、2020年の五輪でも『ねんりんピック』と連動させるなどして初のケースを作ることができれば、大きな話題になることは間違いない、と藤さんは予測する。

「少子高齢化が進むなかでの五輪は、人口のボリュームゾーンである50代以上を巻き込むという視点が必要。シニア層も参加できる五輪のイメージをつくり上げられれば、経済効果にもつながります」

 先進国で高齢化が進む中、世界に先駆けてシニアがスポーツに真剣に取り組める国のパイオニアになるべきと話す。

「例えば、シニア層でも金メダルのチャンスがあるとか。高齢者が五輪を楽しめる文化が広がれば、それにひもづいてスポーツ人口も、関連商品・サービス産業も活況となります」

 今回、新設される会場も、大会終了後はシニア層の能力向上に役立つような施設にアレンジすれば、効果的に再利用できる。

スポーツ選手のピークは30代くらいまででしょうが、人生100年時代に見合った新たな尺度をつくり出せば、新しい産業や文化も生まれます。かつてのように新幹線や高速道路をつくる余地がないのであれば、異なるインフラをつくり出せばいいのです。

 シニア世代をいかすためのスポーツ文化や、産業を創出しPRすることこそ、日本ならではの世界を驚かす“レガシー”になるのではないでしょうか」


〈識者PROFILE〉
藤和彦さん
経済産業研究所上席研究員、経済学者。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。著書に『石油を読む』(日経文庫)など多数