女性ひとりなので、ここは物騒で怖い
東京駅の反対側の八重洲口へ足を延ばす。駅前に巨大なバスターミナルがあり、その近辺で時間を費やすホームレスがいる。酔客が帰途につく午後11時ごろ、駅前のベンチに座っていたのがマリア・ブラウンさん(69・仮名)だった。米国人の父親とドイツ人の母親を持ち、欧州で生まれたが、鹿児島県の徳之島で育った。独身を貫き、両親もすでに亡くなっているため、いまは天涯孤独だという。
「服飾のデザイナーをやっていて、東京都八王子市に住んでいましたが、仕事がなくなってきてね。それで昔、住んでいた徳之島に行こうと思って、八王子を引き払って東京駅まで出てきたのですが、お金が足りなくなって……。ここでこうして4か月が過ぎてしまったの。どこかの会社にデザインを売って、お金をつくらなければ」
とブラウンさんは流暢な日本語で話しながら、紙に描きためた服のデザインを見せた。
女性の身で、どうやって生活しているのか。
「氷結(酎ハイ)とパンを友人にもらって食べています。年金が月に8万円なので、それで生活していますが、夜はこうして野宿。横になって寝ていると、知らない人に声をかけられたり、駅の係の人に起こされたりするので、横にならずにイスに座ったまま寝ているの。それでも女性ひとりなので、ここはやはり物騒で怖い」(ブラウンさん)
2012年1月、この八重洲口近くのビル壁面のくぼみで寝ていた別の女性ホームレス(当時69)が18歳の少年に火をつけられ、大ヤケドを負う事件が起きている。少年は「慌てる反応を見るのが楽しかった」と話した。女性ホームレスは珍しいため、周囲の男性ホームレスは目で追うなど気にかけていたという。悪さをしたのは、一見、“普通の顔”をした少年だった。
都内の福祉関係者は言う。
「まじめそうなサラリーマンでも、酔っぱらってツバをかけたり、平気で物を投げつけたりする。加えて女性ホームレスには、夜間に性的いたずらをされる恐怖がある」
八重洲口一帯には巨大な地下街が広がっている。地上からの出入り口は多く、深夜1時が近づくと、そこにはシャッターが下りる。地上から下りた階段の先と、シャッターの間に、雨露を防げる格好の空間ができあがる。
皇居外苑や日比谷公園に昼間いたホームレスがそこに移動してきて一夜を明かす場所と化す。東京駅近くでは1つの出入り口に1人ずつ6人ほどが眠りについていた。
やまさき・のぶあき◎1959年、佐賀県生まれ。大学卒業後、業界新聞社、編集プロダクションなどを経て、'94年からフリーライター。事件・事故取材を中心にスポーツ、芸能、動物などさまざまな分野で執筆している