親戚の集まりには平気な顔で参加
あまりひとりで家から出ることはないが、親戚の集まりなどには親と一緒に出かけるのだそうだ。恵子さんも「なぜかそれは嫌がらない。そこが不思議なんです」と言う。甥(おい)や姪(めい)など10数人の集まりの中でごく普通に話している。小学生の甥っ子に「おじちゃんはどうして働かないの?」と聞かれたとき、恵子さんはどう答えるのだろうと聞き耳を立てたが、息子は「おじちゃんはクビになっちゃったんだよ」と自然に答えていたという。
親戚は彼とは利害関係がないから、比較的、温かい緩やかな眼差(まなざ)しを彼に向けているのかもしれない。彼はそれを感じ取っているからこそ、気軽に出かけられるのではないだろうか。
「他人同士で群れるのはイヤ、会社などの上下関係もイヤということなのかしら。とにかく暖簾に腕押しで、どうしたらいいかわからなかった。親の会でいろいろな人と話をしても私には焦りがあって、“頭で考えるより行動しなさいよ” “海外協力隊はどう?”と息子にたたみかけたことがあります。でも、いろいろ調べてシミュレーションしては、自分には無理だと思うみたい。最近は、元ひきこもりの方の話も聞くので、私も少し静観できるようになってきました」
買い物で荷物を持ってくれることもあるし、洗濯物をとり込んでくれることもある。ありがたいと思ったらお礼を言うべきだと親の会で言われ、「ありがとう」と言うようになった。息子の態度は以前から温和ではあるが、お礼を言うようになって、さらに会話は増えた。それでも肝心な自分の将来のことにはまったく触れようとしないところが、恵子さんには歯がゆいのだが。
今年になって恵子さんは地元で、ひきこもりの子どもをもつ親の会を立ち上げた。もっと地域で集まって解決していく道があるのではと考えたからだ。親たちの小さな会は『NPO法人楽の会 リーラ』へとつながっている。不登校・ひきこもりの子をもつ親の会として、2001年に立ち上がった団体だが、地域ごとに親たちの活動を活発化させようと考え、現在、都内10数団体へと広がりをみせている。
「何ができるかわかりませんけど、同じ悩みをもつ人たちが少しでも気持ちがラクになればと思って」
親の会のとりまとめは大変な作業だと思う。ひと口に「ひきこもりの子をもつ親」といっても、ひきこもる理由も状態も人それぞれ、親の考え方も千差万別なのだから。
恵子さんは控えめな口調ながらも、親の会については熱く語った。彼女は息子をかまいすぎないためにも、同じ悩みをもつ人たちのために動きたいのではないだろうか。そして自分が活動している様子を見た息子が、自ら動き出してくれるのを期待しているのではないか。恵子さんは、自らが全力でやるべきことを見つけたのかもしれない。
ここから翔太さんが何を見つけるのか、第三者の私もその変化が楽しみだ。
【文/亀山早苗(ノンフィクションライター)】
かめやまさなえ◎1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆