ラミ・マレック様
今回、私が勝手に表彰するのは俳優のラミ・マレックである。名前よりも映画『ボヘミアン・ラプソディ』でフレディ・マーキュリーを演じた人と言った方がわかりやすいかもしれない。
ロックバンドQueen(クイーン)の結成から主人公フレディ・マーキュリーの死までを描いた『ボヘミアン・ラプソディ』は大ヒット上映中だ。予告編が流れた頃から絶対に! 絶対に! 観に行こうと決めていた。
ちょい怖かったのは、そっくりな俳優を集めた再現物語だったらどうしよう……。そんな不安はオープニングの『愛にすべてを(Somebody To Love)』が流れた瞬間吹き飛んでいた。
ラスト20分、監督の思う壺となり、気がついたら泣いていた。ストーリーに感動しただけではない。あの涙の成分は何だったのか?
話をラミ・マレックに戻すと、彼はよくぞこの役を引き受けたものだと思う。ステージでギンギンに輝く、世界最高峰のヴォーカリストの役を引き受けたのだ。
完璧なリップシンクと一挙手一投足に狂いのない振り、仕草、ノリ、これをステージで披露しなければならない。本物の持つタッチ、色使い、空気感が要求される超優れた贋作でなければならない。所作振る舞いだけでなく心までコピーしなきゃいけない役だ。
聞いたところによると、レミ・マレックはコレオグラファー(振付師)ではなく、ムーブメントコーチをつけ、このときどんな気分でそんな動きをしたかなど分析し役作りをしたという。
上映中、曲がかかるたび、Queenが流れていたあのころを思い出した。
肩掛けカバンとLPレコードを小脇に抱え通学するのがカッコよかった中学時代……。
放送部の同級生が、『オペラ座の夜(A Night at the Opera)』のLPを見せ「昼の放送はQueen特集だぜ」とニヒルに言った。
給食時間、私はテトラパックの牛乳を飲みながら目を閉じ『ボヘミアン・ラブソティ』に耳を傾けた。なんか少しお兄さんになった気がした。
隣の席の女子がドラムのロジャー・テイラーの切り抜きを下敷きに挟んで、うっとり眺めている。掃除の時間、ホウキを片手にフレディ・マーキュリーの真似をしていた友達……。
ラストに流れた涙の成分はあの頃の思い出に浸れたからなのかもしれない。
『ボヘミアン・ラプソディ』は名画であり、記憶を呼び戻す装置なのだ。
そういえばこの前、問題を抱えるティーンエイジャーの施設を描いた『ショート・ターム』という映画を観た。そこで新人のケアマネージャー役がラミ・マレックだ。オリエンテーションでラップを披露するがめちゃくちゃ下手くそでリズム音痴という役だった。この数年後、あなたは世界一のヴォーカルの役を演じ、世界中のおっさんおばさんを魅了するのだよ!と教えてあげたくなった。
ちなみに私のQueenベスト1は『Don't Stop Me Now』だ。
<プロフィール>
樋口卓治(ひぐち・たくじ)
古舘プロジェクト所属。『中居正広の金曜のスマイルたちへ』『ぴったんこカン・カン』『Qさま!!』『池上彰のニュースそうだったのか!!』『日本人のおなまえっ!』などのバラエティー番組を手がける。また小説『ボクの妻と結婚してください。』を上梓し、2016年に織田裕二主演で映画化された。著書に『もう一度、お父さんと呼んでくれ。』『続・ボクの妻と結婚してください。』。最新刊は『ファミリーラブストーリー』(講談社文庫)。