大阪でボケとツッコミを習得

 県は、関西を中心に熊本県の認知度を広め、新幹線で観光客を誘致しようとしていた。知事はくまモンに大阪出張を命じる。

 蒲島知事は、2008年に東大教授の職をなげうって故郷のために県知事になってから、職員にずっと「皿を割れ」と鼓舞してきた。

「皿をたくさん洗う人は割ることも多い。失敗を怖れていては何もできない、チャレンジしろという意味です。新しいことに取り組むことを嫌う公務員体質を変えたかった」

 その“チャレンジ精神”が県庁職員の魂に火をつけた。2010年4月から熊本県大阪事務所次長として赴任した磯田淳さんはこう振り返る。

「熊本に注目を集めるため必死でした。まずは、『くまモン神出鬼没作戦』─。くまモンを公園や繁華街に出没させ、ツイッターやSNSを駆使して、見かけたらつぶやいてもらう。大阪の人たちはノリがいいので、ぼちぼちとつぶやいてくれる人が出てきました」

 それでも、駅の地下街に出没した当時の写真を見ると、周りは素通りしていることがわかる。ぽつんと佇(たたず)み、なす術(すべ)もなく行き交う人を見つめる姿がせつない。だが、県とくまモンの努力は続く。

2011年、大阪でのイベント。人もまばらで、今では考えられない風景(提供・県庁)
2011年、大阪でのイベント。人もまばらで、今では考えられない風景(提供・県庁)

「私たちも手探りだったけど、くまモン自身も最初は何をしたらいいかわからず戸惑っていました。そのうち知恵がついてきて、新世界へ行って地元のキャラクター・くしたんと仲よくなった。そうやってあちこちで仲間を増やし、地元の人にも受け入れられていったんです」

 奈良では平城遷都1300年記念事業にも参加し、そのもようはテレビでも報道された。

「主役はせんとくん。くまモンは邪魔にならないよう遠くから手を振っていた。テレビを見ながら“いつかせんとくんみたいになれたらいいね”とみんなで話したのを覚えています」(磯田さん)

 くまモンは毎日、大阪のあちこちに出かけていった。そしてその後、蒲島知事に「くまもとサプライズ特命全権大使」という肩書を与えられ、大阪で名刺を1万枚配るミッションを与えられた。頑張ったが、ある日、力尽きて失踪という騒ぎを起こす。知事は緊急記者会見を開いて、「大阪出張中のくまモンくんが失踪しました。見かけた方はツイッターで情報提供をお願いします」と訴えた。大阪の人たちはそんな芝居に乗ってくれた。そしてくまモンは無事に1万枚の名刺を配り、この大役を果たしたのだ。

2013年2月、大阪のくまモンファン感謝デーは、客席が満杯に(提供・県庁)
2013年2月、大阪のくまモンファン感謝デーは、客席が満杯に(提供・県庁)

「大阪でボケとツッコミを習得したから、くまモンはリアクションがいいんですよ。“焼き肉食べに行こうか”と言うと、すぐに焼き肉をひっくり返す仕草をする。“熊肉がいいか”と言うと怯えて逃げ出す。しまいには“なんでやねん”と、こっちを叩く。そういう意味では、熊本生まれの大阪育ちと言ってもいいでしょうね」

 現在、熊本県東京事務所所長で、誕生時からずっとくまモンを見守り、企業とのコラボなどさまざまなアイデアでくまモンを有名にしてきた成尾雅貴さんはそう話す。