【連載・地下5回】地下芸人数珠繋ぎ。2018年も終わろうとしている11月下旬、私はある地下芸人の情報を聞いた。「雑居ビルに住んでいる芸人がいるんですよ」 ん? 雑居ビル? 「しかも、本当は個人に貸し出していないんですが、その芸人だけに貸しているらしいです」 それは行くしかない! 絶対に面白い! 筆者はすぐにそう感じた。というわけで情報元から連絡先を聞き出し、その芸人さんにたどり着いた。その名もこてっちゃん馬場。もう一度! こてっちゃん馬場!
申し訳ないが、99.9999パーセント位の人は知らないだろう。
いや、ちょっと待てよ。逆に言うと、知っている人が0.0001パーセントいることになる。日本の人口が2018年8月1日の時点で1億2649万人だから、0.0001パーセントだと12649人が、彼のことを知っている計算になる。
それはあまりにもこてっちゃん馬場さんに失礼である。
もうふた桁、最後に足してみて、99.999999パーセントは知らないであろう。これで認知度126人に! これでは逆に少ないかもしれない……。
とにもかくにも、そんなに知っている人はいないハズ! それでこそ地下芸人!
自宅訪問
11月某日、都内の雑居ビル。
「外観は絶対に撮らないで」という馬場さんからの強い要望により、玄関先からの撮影になった。
ーーこんにちは! 馬場さんいますか?
馬場(以下、馬で略)「はいはいはい」
馬「どうぞ、どうぞ」
ーーさっそく、カメラを意識してくれてありがとうございます……。
馬「まぁ、とにかく中に入ってくださいよ」
ーーできれば、階段からも撮りたいんですが。
馬「そこはダメです! 大家さんにバレたら怒られるので」
ここで簡単に説明しておくと、以前ある番組に馬場さんが出演した際に、この雑居ビルの外観が放送され、大家さんが大激怒したことがある。激怒の理由はここでは伏せておくとして、場所が特定されるような写真の撮影はNGということになっているそうだ。
外観、あるいは階段からの描写が見せられるとかなり面白いのだが、馬場さんにとって死活問題にもなるため、お許しください。
ーーでは、お邪魔します!
馬「いらっしゃいませ」
ーーえ、いきなり、なんですか?
馬「ダメです!」
ーー何しているんですか? ダメってもう見えてますから。
馬「これより先は使っちゃいけないスペースってことなんです!」
ーーそれで、バツなんですね。でも荷物を置いてますよね。
馬「僕は住人だから仕方ないんです」
ーーじゃあ、誰がダメなんですか。馬場さんしか住んでいないでしょ。
馬「とにかくダメ」
よくわからないが、部屋の半分ほどの10畳ほどのスペースは大家さんから使用禁止とのお達しがあるらしい。でも黙って使っている。ただ、自分はOKなのだと。
改めてよくわからない言い訳である。
早くも取材焦げつきの予感……
ーー意外にも充実している冷蔵庫ですね。
馬「一応、自炊していますから」
ーー野菜とかもちゃんと摂っているんですね?
馬「一応、健康には気を使っているので」
ーーなんか腐っているものとかあるんじゃないですか、実は?
馬「滅相もございません、健康第一ですから!」
ーーう〜ん、つまらない!
あまりにも普通のやり取りに心の声がついに出てしまった……。
ーーすみません、ほかの所を見ましょうか? これは?
馬「これは、アンテナです。ここからひいているんです」
ーーここは?
馬「ここは、キッチンです。めちゃくちゃ狭いスペースですが」
馬「なんとか、ここで自炊をしています」
ーーこれは?
馬「これは私物です。あんまり映さないでくださいよ、恥ずかしいから」
馬場さん、マジつまらない問題
ーーつまらない! やはりつまらない! 廃墟のようなところに住んでいる地下芸人と聞いたからとびきり楽しみにしていたのに、蓋を開けてみたら普通じゃないですか! もっとぶっ飛んでいてほしかったんです。
筆者の罵声に圧倒されてしまい、部屋の隅でそそくさと作業を始める馬場さん。
ーーすみません、なんか取り乱し過ぎてしまいまして。
馬「仕方ないですよ、特にこれと言って凄いことなんかありませんからね。ごく普通に過ごしている中年のおじさんですよ……」
ーー本当にすみません。ちなみに、今は何をしているのですか?
馬「これですか? 実は台風が9月に来てから、雨漏りが続いていて……。毎日、柱から水が垂れているんです」
ーーそれだ!!!!!!!!!!! あるじゃないですか!? 9月以降、毎日のように雨漏り? どんだけ水たまってんですか(笑)。ちなみに、毎日どのくらいの水が?
馬「4~6リットルくらいかな」
ーー結構出ている! ちょっと待ってくださいよ、9月からですよね??
馬「まぁ一応」
ーーしかも?
馬「毎日」
ーー毎日????? 9月から今日まで3か月として90日。90日×4リットルとしても360リットル?
馬「ですね」
ーーこれまで何に使ったんですか?
馬「たとえば……」
ーーふむふむ、洗濯したり、
ーー料理にも、
馬「あ、僕、山登りするんですが、山の雨水を沸騰、消毒して飲料水としても使いますよ」
ーートイレにだって!
馬「アンテナにも!!」
ーーいや、それは、意味が分からないです。でもこの水を有効利用したいですね。なんか良いアイディアないかな……、年末だし……。
馬「水割りでもやりますか? 美味しいですよ」
ーー雨水ですよ、おなか壊すわ! 例えば、お世話になっている大家さんの車を洗車するとか?
馬「ダメ!」
ーーでも、大家さん喜ぶんじゃないですか?
馬「雨水で洗っても、喜ばないですよ! それに、もうリーチかかっていますから、次に大家さんの逆鱗に触れたら、どうなることか……」
ーーそんなに険悪なんですね、その割には使っちゃいけない部屋を使っていますけど。
馬「だったら、僕が普段ネタの練習したりする公園の遊具とか郵便ポストとか、手あたり次第、綺麗にしていきますか?」
ーーなるほど! 年末だし、大掃除ですね! たまには、世のため人のために働きましょう!
というわけで、行き当たりばったりで町をキレイにしようということになりました。
馬「じゃあ、さっそく着替えますね」
馬「これが、アンテナです」
ーーそれさっきも聞きましたから。というか、その格好で掃除するんですか?
馬「良いことするときは、目立った方がいいでしょ」
ーー意外と腹黒いですね……(笑)。
20リットルもある水を登山用のリュックに入れる馬場さん。
馬「じゃあ、いきましょうか!」
いざ、街へ
ーー結局、ジャンパー着るの?
ーーなかなか見ない光景だな。
早速、出くわした電柱を掃除しだす馬場さん。
ーー凄い、つらそうですが、大丈夫ですか?
馬「腰にきますね」
ーーひとつアドバイスしていいですか?
馬「もちろんです」
ーーリュックおろしたらどうですか?
馬「その手があったか………」
馬「腰痛い……」
ーーですから……、
馬「何事も根性ですよ。諦めたら、そこで終わりですから」
ーー地下芸人ぽくない発言ですね。
気合いを入れ直し、かたくなにリュックを背負ったまま掃除する馬場さん。
続けてカーブミラーを。
ーーミラーはどうやって拭きますか?
馬「諦めましょう」
ーーいや、さっきのセリフは??
馬「諦めも肝心ですよ」
ーー地下芸人ぽい!!
そして、馬場さんのホームパーク? に到着すると、よく腰掛けてネタを考えるというベンチをさっそく拭こうとする。
馬「こんな汚れているんですね」
ーー拭きがいがありますね。ところで、リュックおろしていますね??
馬「何の事ですか?」
ーー……。
続けて鉄棒。
馬「子供に大人気の鉄棒ですから」
ーーなぜ回った?
何事もなかったかのように掃除する馬場さん。
馬「看板もキレイにすれば、飼い主の方も見てくれますからね」
明らかにキレイになってきている看板。もはや、芸人ということを忘れているのか、ボケずに真面目に掃除している。
完全にやりがいを見出している馬場さん。
馬「ほら、犬も喜んでいますよ」
ーーいや、泣いていますね……。
ついに「芸人」であることを忘れた馬場さん
馬「通学路の看板もキレイにすれば、小学生も安心」
掃除しているところを住民に感謝され、笑顔で応える馬場さん。
馬「自動販売機は、取り出し口が一番汚いはず。ここをやらないと。意味がないですよ」
また通行人に声を掛けられ、お褒めの言葉をもらう馬場さん。
そして、お正月に大活躍する郵便ポストを見つけると、吸い込まれるようにポストに向かい、ご覧の通り、無心に拭き続けた。
馬「遠くないですか?」
ーーこのまま帰ったら、馬場さん怒るかな……。
馬「怒りますよ!」
ーーあっ、聞こえてた!
すべての面を念入りに拭く馬場さん
ーー芸人の顔じゃない! でもなんかすごいいい顔していますよ! そういえば、この連載に出ていただいた、ゆきおとこさんは、郵便局で働いていますから、喜びますよ!
ゆきおとこ(イメージ出演)「よくやったな、馬場ちゃん!」
馬「これで、年賀状もゆきおとこさんも喜びますね!」
ここで、ゆきおとこさんが集配に来てくれたら最高なんですがね。
ーー来年は良いことがありそうですね。芸人でブレークしたり?
馬「それとこれとは別ですから」
と否定しつつも、何らかの手ごたえを感じているのか、まんざらではない感じになっている。
しかし、次の瞬間!
馬「第一ボタンが取れました………」
幸先悪すぎ……。
結局、このあともしばらく掃除を続けて、気づけばあたりは暗くなっていた。
本日のトータル使用料は14リットル! 本当にお疲れさまでした!
今後も続けてくださいよ! あれっ? なんか瘦せました??
<こてっちゃん馬場さんの地下スペック>
・芸歴:のべ26年半
・年収:芸人で30万円、配送業・葬儀業で130万円
・ライバル:面白いピン芸人
・座右の銘:女性の社交辞令には気をつけよう!
*<キャバ嬢と約束した箱根日帰り旅行>キャバ嬢のドタキャンにより、小田急ロマンスカーの往復特急指定席が無駄に→ひとりで箱根旅行を敢行。<男女6人でのバーベキュー>女性ひとりの前日ドタキャンにより、全員がまさかのドタキャン→6人分の食材を自腹するはめに。一週間ひとりバーベキューを敢行。
・夢:大女優の婿養子になる
<ライター・新津勇樹> ◎元吉本新喜劇所属。芸人、役者時代の人脈を活かし、体当たり取材をモットーに既成概念にとらわれない、新しいジャーナリスト像を目指して日々飛び回る。