大きな転機
そんな折、フリマ常連の女性のお客さんから突然、名刺を渡された。「NHK福岡放送局ディレクター」。その女性が初めてドキュメンタリーを撮るということになり、「私はあなたのことを撮りたい」と直談判されたのだった。
伝えたいのは、326さんのそのままの姿だという。ただ創作活動に打ち込む姿。寝起きの姿。番組のクライマックスは、同じ福岡で会社勤めをしている兄が、フリマに突然訪れ、326さんの創作活動を見て「誇りに思う」と称賛するシーン。326さんはこの時、思わず号泣した。
「兄貴が早くに就職して家を出たのは、もしかしたら父親が死んで、自分が稼がなきゃと思ったのかもしれません。そういう親心が兄貴の中にあったとしても、それを直接聞く機会が今まで一度もなかった。だから、兄貴に褒められた時、まるで死んだ父親に褒められたような気持ちになって涙が止まらなくなっちゃって、嗚咽して……」
専門学校の卒業には単位が足りず、「もうすぐ20歳になるから、僕は勝手に卒業します」と宣言して卒業作品を描き、福岡を出ようとしていた。
「福岡は優しい。あまりにもぬるま湯。こんな居心地のいい場所だと、俺は風邪をひく」
拠点を東京に移そうと逡巡(しゅんじゅん)する矢先、NHK福岡で15分間の番組がオンエアされた。これが福岡県民に大きな反響を呼び、30分番組に拡大再編し、今度は九州全域で放送。それもまた共感を呼び、BS、ハイビジョン、ついにはNHK総合で全国放送されるまでに至った。
「計10回弱、流してくれたんです。よく考えてみたら、NHKで自分だけのビデオを流し続けてもらうなんて、ありえない話ですよね」
ここからの話は急展開だ。福岡出身の大物アーティスト・井上陽水さんの目に留まった。「あの子に描かせたい」。なんと楽曲『TEENAGER』のCDジャケットの仕事が舞い込んだのだ。326さんは夢中で描き上げた。
そして、326さんが当時、憧れ続けていた雑誌『Zipper』(祥伝社)で連載が始まり、マガジンハウスでは画集の刊行の話が進んだ。どれもこれも、ちょっとしたタイミングのズレがあったらつながらなかった話だった。
そして東京へ
このころ326さんは、あることに悩んでいた。それは、音楽への嫉妬。数あるアートのなかでも、音楽だけは皆で声を合わせ「せぇの!」で始めることができる。そこに強い憧れを抱いた326さんは、マガジンハウスから出した『ナカムラミツル作品集』の最後のページに、詩を綴り、「メロディをつけてくれる人、歌ってくれる人を募集します」と締めくくった。
反響は大きかった。その中に1組、「今日の夜に下北沢でライブをやるけど聴きに来ますか」という連絡があった。
326さんが駆け付けてみると、小さなライブハウスでは、5人程度のお客さんの前で、男の子2人組が歌っていた。ライブの後に彼らと一緒にご飯を食べに行き、話を聞いてみた。すると、2人は326さんと同世代だったという。格闘技の話などをしているうちに、すっかり盛り上がってしまった。
「僕との組み合わせは良い! これはハマるかも」
一緒に面白いモノをつくり、良い歌をつくりたい。326さんは2人に宣言した。「俺は表には出ないけど、メンバーとして一緒に何かできたらいいなと思っています。力を貸してください」。音楽グループ『19(ジューク)』が誕生した瞬間だった。