しかし、そうなると、問題を起こした子にどういう対応をしたらいいのだろう? 教員をする私の友人は、問題のある子を叱責(しっせき)した折に「殴ればいいだろう」と薄ら笑いされて絶句したという。教師が手を出せないことを逆手に取って笑う生徒に対し、何をどうしたらいいのか? 長い葛藤と苦悩があったと聞く。
大切なのは信頼関係を築くこと。子どもに「何があってもキミを信じてるよ」と分からせること……。言葉で言うのは簡単だけど、難しい。長い時間がかかり、相当な忍耐が必要になる。
しかし、相撲部屋は教育機関ではない。
相撲ファンも一緒に考えてほしい
教育機関ではないが、長らくそれに準ずるような役目を自ら担ってきた。社会からこぼれ落ちそうな子たちを拾い上げ、朝から晩まで共に暮らし、たたき上げ、強い力士に育てた。
相撲部屋は、いわば社会のセイフティネット的な役割を果たしてきたのだ。あまり知られていないが、そういう側面を担ってきた。
しかも、ほとんどのプロスポーツはエリートだけが生きられる場所なのに、相撲界ではたとえ出世せずに序ノ口や序二段の下位に位置したままであっても、「契約解除」にはならない。
相撲部屋という衣食住が安定する中で相撲を取りながら、同時にセカンドキャリアを考えられることは、他に類を見ない素晴らしいプロスポーツの在り方だ。だからこそ、セイフティネットになりえる。最終学歴が中学卒業の子に、部屋がお金を出して高校卒業資格を取らせたり、専門学校に通わせることも珍しいことではない。
暴力追放の厳しく細かいルールが決まって、それが実施され始め、今現在、相撲部屋にいるかもしれない、こぼれ落ちそうな粗暴な子を抱える親方や兄弟子たちは、どう指導しているのだろうか? そこに混乱は起きてないだろうか?
もしかしたら大横綱になるかもしれない、今はまだ問題を抱えて混乱の中に生きる腕っ節の強い子どもは、これから相撲部屋に入れるのだろうか? セイフティネットとしての相撲部屋は今後も機能するのだろうか?
それを考えるのがコンプライアンス委員会なのだろうから、ぜひとも部屋見学は実施してほしいと願う。
私は決して拳での教育を肯定しているわけではない。
ただ、相撲部屋では長く、問題を抱えた子たちを受け入れ、強い関取に育て、また、たとえ出世しなくても見放すことをせず、次のキャリアへ進んでいけるよう、部屋みんなで見守ってきたという歴史がある。そして、そこには、拳もあったろう。
これからそうした部屋の在り方がどう変わっていくのか。私たちファンも知ることができるよう、コンプライアンス委員会の議事録要旨の公開を望みたい。この問題を相撲ファンも一緒に考えていけたらと願っている。
和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。