そこで、地元の関係者を含めて“いい絵”を撮れるように知恵を絞ったのではないでしょうか。
当時、両陛下と報道陣が行けるように整備したそうですが、刈込湖までは車で30分はかかりましたね。周囲には人家や電柱や看板がまったくない風光明媚なところで、いい写真が撮れたと思います」(写真⑤)
山下「私は皇室の撮影を始めた最初のころ、撮影中に昭和天皇に声をかけて大目玉をくらったことがあります。
確かホテルニューオータニでの行事で、昭和天皇が庭園の池のコイにエサやりをなさっているときのことだと思います。
お顔の位置がよくなかったので、思わず“こっち向いてください”と言ってしまったんです。
芸能人の取材のときとは違い、皇室の方々に声をかけるとか目線をいただくことは禁止されていますから。
昭和天皇はこちらを向いてくれたので、気にされていなかったと思いますが、あとで宮内庁の職員に注意されてしまいました」
小島「それも今では考えられませんね(笑)。
ところで、週刊女性には陛下と美智子さまのご成婚パレードの写真がほとんど残っていませんが、理由をご存じですか?」
松本「写真の管理状況も否定できないと思いますが、主婦と生活社で労働争議があったからかもしれません」
一同(驚愕)
松本「昭和34年2月に始まった主婦と生活社のストライキは318日間続き、労働運動史に残っているほど有名です。
両陛下のご成婚(昭和34年4月10日)はその時期で、私は組合員だったので、その間は取材活動をしていません」