いったい何が問題なのか?
セシウムボールの大きさは、0・5〜数ミクロン。例えば、PM2・5の「2・5」は、2・5ミクロン以下のことで、小さいために人間の肺の奥にまで到達しやすいとされ、問題になっている。つまり、セシウムボールも、呼吸により体内に取り込まれる可能性がある大きさだ。
宇都宮氏による東京の大気エアフィルターの分析では、1立方メートルあたり129個のセシウムボールが含まれていた。別の研究では、事故当時、東京23区にはまんべんなく放射性物質が降りそそいだとされている。
「大ざっぱな計算ですが」と宇都宮氏は前置きしたうえで、25メートル程度の空気の厚みと東京23区の面積で考えると、2×10の12乗(2兆)個ほどセシウムボールが降ったと推測できるという。
さらに呼吸によって体内に取り込んだ場合、ピーク時には1時間あたり17個ほど吸い込む可能性があった。そのうちの20〜40%(数個)が体内に沈着すると考えられる。
宇都宮氏らは、肺の中にある液体を模擬した“肺胞液”にセシウムボールを浸す研究も行った。肺に沈着した場合、セシウムボールが体内で溶けるまでにかかる時間は、2ミクロンの大きさで35年以上かかり、条件によってはもっと長い期間になると推定している。
加えて、セシウムボールの内部には原発事故由来のウラン酸化物(核燃料成分と同じ物質)が含まれていることも明らかになっている。原発から数キロ地点の土壌から発見されたもので、ウランの構造や構成物の比率などを分析し、このウランが原子炉から出たものであると突き止めている。
「燃料デブリは、ウラン酸化物が主な成分であるだけではなく、構造物や有害な核分裂生成物など、いろいろなものを含んだ放射性のゴミです」(宇都宮氏)
原発事故時に放出されたウランの量から考えると、セシウムボールに含まれていたとしても極めて微量だ。ウランはセシウムよりも放射線を出す威力は弱いが、放射能が半分になる“半減期”は億年単位とケタはずれに長い。
さらにアルファ粒子というセシウムとは異なる種類の放射線が出ている。ウランの人体への健康影響は古くからの研究データがあり、今回のウランの濃度では重大な健康影響は出ないとされている。
その一方で、溶けた高温の核燃料がコンクリートと反応してセシウムボールができたときに、空気中の浮遊物を取り込んでいるとすれば、さまざまな物質が含まれていてもおかしくはない。
原子炉核燃料の被覆材であるジルコニウムとウランの混合酸化物も発見され、核燃料の被覆管が溶け混ざったものであることもわかっている。実際、セシウムボールには、セシウムやウラン以外の重要な放射性物質が含まれている可能性もあるという。
宇都宮氏らは研究を進め、「未知の領域」に踏み込み、知見を積み重ねている。
「この研究は、燃料デブリのカケラが環境中に放出されてしまったことを伝える一方、廃炉作業で困難とされる燃料デブリの取り出しに向けて、知らなければならないデブリの性質の一部を明らかにすることができるはずです。取り出し作業を安全に行うための手がかりになってほしい」(宇都宮氏)
科学者たちは、いまなお、セシウムボールの研究をさまざまな角度から続けているのだ。