「結婚してから、ひとりでいても不安ではなくなりました。
ものすごく愛されているとわかるから。母には愛されなかったけど彼女は愛してくれる。もちろん、それでも母に愛されなかった心の穴が埋まるわけではないんですが……」
結婚が決まってから、彼と両親で彼女の実家を訪ねた。結婚後も別居だと告げたとき、彼女の両親が不審そうな顔を見せた。
「僕の父親が、今はいろいろな結婚の形があるからとフォローしてくれました。そのうち同居するかもしれないし、とも言ってくれた」
ただ、今も彼が働かずにひきこもっていることを、彼女の両親は知らない。そこは彼女がうまくごまかしてくれているのだろう。
「きっと精神的な負担を強いていると思います。彼女は結婚しているのに親と暮らしているのですから、いろいろ言われることもあるでしょう。だけどそういうことはひと言も僕に言わないし、何かを強いてくることもないんです」
心が回復するのに2週間が必要
ふたりで会うのは月に2回ほど。多くの場合、半日デートして夜はそれぞれの家に戻る。彼は自室には誰も入れないので、ごくまれに夜を過ごすときはホテルなどを利用する。デートは彼女の行きたいところ。流行りの店に並びたいと言われれば、一緒に並ぶ。話をしているとあっという間に数時間がたつから、並ぶのも苦にはならないそうだ。ただ、「ひとりなら絶対に並ばない」と彼は言い切った。
「本当はもっと会えればいいんですが、どうしても1度会うと心が回復するのに2週間くらい必要なんです。そのことを彼女がわかってくれているのは本当にありがたい。彼女はよく、“生まれ変わっても一緒になりたい”“ふたりぼっちの家族だから仲よくやっていこうね”と言うんです。
そういう言葉を聞くと、僕にとっても彼女はよりどころなんだなと思います。妻はいつでも僕の味方でいてくれる」
彼は日常的にはあまり出かけることもなく、「高齢ひきこもり」というブログを運営したり本を読んだりしている。ブログには毎回、いくつかのコメントがつく。誰かが励まされてもいるだろう。時折、生きづらさを抱える人たちが集まる場所で「恋愛相談」を引き受ける。だが相談は「女性限定」だという。
「男は恋愛に関しては何も考えようとしないし、傲慢な人が多いんですよ。相談しているのにケンカをふっかけてくるタイプも多い。だから女性限定にしているんです」
最近、妻と1か月に3000円ずつ出して貯金を始めた。
親からもらう10万円の中から3000円を出すのは厳しいが、2人でひとつのものを持ちたかったから頑張っていると彼は言う。
「貯まったら何をしようかと話すのも楽しいですね。僕は、たとえ豪華な食事を食べられなくても、手をつないで歩いてくれる女性がいることがとても幸せだと思っています」
【文/亀山早苗(ノンフィクションライター)】
かめやまさなえ◎1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆