映画の台本など、捨てたら2度と手に入らないであろうものも未練なく。
「私、思い出のものを手にしながら“あのシーン、うまくできたかしら?”とか全然、振り返らないの。そんなこと考えていたら前に進めないでしょ?」
そんなメイコさんでも、捨てるのに躊躇したものがあったという。
「やっぱり親友のひばりさんにまつわるもの。おそろいの着物とかね。最後の最後まで捨てられなかったけれど、しかたないの。人間ってね、しかたがないことばかりに向き合って暮らしているの。
例えば、今晩のおかずににんじんを切ることだってそう。みずみずしく、きれいに茂った葉っぱを勢いよくザクッと切る。すごく残酷なことでしょう? 自分の生活は、たとえ残酷でもバン! と切っていかないと、とめどなく膨らむばかりになってしまうから」
世は『ヤフオク!』や『メルカリ』などネットでの個人間売買が盛況だが、微塵も考えなかったという。
「それをしたら、(ひばりさんとの)友情を裏切ることになるから」
最期は病院で迎えたい
10週をかけ、メイコさんのお片づけは完了。
「ガランとした部屋に立ち、“ああ、これでいつでも死ねるな”と思ったときのすがすがしさ、気持ちのよさったら! これは、神様がくれたいちばんのプレゼントだと思ったの。ものを手放すことで、私はすがすがしさを手に入れたんだと思うわ。
女の人って、どうしても思い出にがんじがらめになるもの。“これは息子が初月給で買ってくれたものだから”とか。でも人生って、年齢に合わせてそぎ落とさないと前に進まない。私、このごろしみじみと思いますよ」
現在は4LDKのマンション暮らし。とても居心地がよく、快適だと微笑む。
「でも私、最期は自宅じゃなく、病院で迎えたいの。だって、死ぬときのセットとして、いちばん似合うじゃない? 女優が死を演じるかのように旅立ちたい。生活感ある日常の中に、看護師さんがウロウロするような非日常が持ち込まれたら、家族はつらいでしょうからね。セットのような病室で、悲壮感なく、周りに迷惑をかけずに臨終を迎えたいわ。それが私の今の夢かしら?」
死ぬまで女優とはこういうことか─。
《PROFILE》
なかむらめいこ。女優。2歳8か月で『江戸っ子健ちゃん』(1937年)で銀幕デビュー。以来、映画、テレビ、舞台などで活躍。