みんなに問いかけ続けたい言葉
しんちゃんとお母さんは、本当につらかった時期にべんさんと周りの人たちに出会った。価値観が広がり、肩の力が抜け、視界が広がった。
「べんさんの周りの人たちは、そのままのこの子を受け入れてくれて、いいところを引き出してくれるんです」
鉄道が大好きなしんちゃんの話を聞いて、「勉強になるなあ」とべんさんは笑う。「しんちゃんといると、みんなやさしくなるよね」と周りの人たちも笑う。
「私も息子が中学に入ってからは、もう無理しなくていい、本人の力を信じようと思えるようになりました。現在は明るい不登校。息子を通して多様な価値観の人に出会うことができ、支えられました」
「僕は人が嫌いなわけじゃなくて、教室にいるのが苦手だった。雰囲気も苦手。それから、言っていることと思っていることが違う人が苦手だった。でも、べんさんはそういうところがないし、子どもみたいなんだ」(しんちゃん)
しんちゃんのいちばん好きな曲は『息子に』。しんちゃんはこの夏、べんさんの北海道のコンサートツアーにひとりで電車を乗り継いで参加した。来年の春から高校に進学し、通うことを自分で決めた。
「人を否定しないことはすごく大事だと思うんだ。大人だって子どもだって、否定されずにそのまんまを見てもらえると安心できるじゃない」
べんさんはそう言って笑う。べんさんや、その周りにいる人たちは、『息子に』の歌詞にあるように「お金で買えない美しいもの」を何よりも大切にしている。
今、日本の子どもたちは困難な状況にある。相対的貧困といわれる子どもは7人に1人。昨年、自殺した児童生徒数は332人と、これまででもっとも多かった。べんさんは今、何を思うのか。
「子どもたちに幸せを届けることが僕個人の幸いでもあると思っています。“世界全体がしあわせにならない限り、個人のしあわせはない”と宮沢賢治は言いました。この言葉はオーバーに聞こえるかもしれないけれど、僕はこれからも、このことについて、歌を通してみんなに問いかけ続けたいと思っています」
べんさんの歌は、手から手へ、心から心へと確実に伝わっていく。べんさんの思いはたんぽぽの種のように日本全国に広がって、かつて小さな子どもたちだった大人の心に芽を出し、花を咲かせはじめているのだろう。
取材・文/太田美由紀(おおた・みゆき)大阪府生まれ。フリーライター、編集者。育児、教育、福祉、医療など「生きる」を軸に多数の雑誌、書籍に関わる。2017年保育士免許取得。NHK Eテレ『すくすく子育て』リサーチャー。家族は息子2人と猫のトラ。初の著書『新しい時代の共生のカタチ─地域の寄り合い所 また明日』12月15日発売予定