役者にとって“加齢”はハンデではない
効率化や要領のよさが注目されつつある昨今、市村さんは自身の仕事の神髄を次のように語っている。
「僕が1本の木だとしたら、そこに葉っぱとか実とか虫とか、いろいろなものを身につけたいんですよね。それらを本番をやりながらどんどん離していくと、身につけたもののエキスだけが残ってすっきりとした役になるんです。
僕はまた、役者はのろまな亀のほうがいいんじゃないかなって思う。うさぎのようにピョンピョン進んでしまうと、大事なことを見落としてしまうこともありますから」
マイナス面ばかりに目がいきがちの加齢も、市村さんのとらえ方は世間一般とは違う。
「『生きる』の渡辺勘治役にしても、来年、再来年に出演するミュージカルにしても、今の僕でなくてはできないようなキャラクターなのでね。僕は、役者にとって年齢はハンデではなく武器だと思っているんです」
本書で紹介されているさまざまな演劇人との裏話の中には、妻・篠原涼子さんとのエピソードも盛り込まれている。
「僕は彼女のファンですから。彼女が2018年に『アンナ・クリスティ』に出演したのは、僕が舞台に出てほしいって頼んだからなんです。
あと、去年公開された映画『人魚の眠る家』も、僕が後押しをしました。もともと小説を読んでいたこともあり、あの作品を演じる彼女を見たいと思ったんです」
インタビューでは、家族との時間にも話が及んだ。
「うちは夫婦と息子2人の4人家族です。夫婦の年が離れていることもあって、僕は長男みたいなものだなぁと思っていたんですね。でも、妻には『あなたは末っ子』って言われてしまいました(笑)」
また、市村さんの心のなかには他界した両親が永遠に生きているという。
「『青い鳥』という作品を書いたモーリス・メーテルリンクは、『生きている人間が思い出せば、亡くなった人と会える』といった趣旨の言葉を残していますが、本当にそのとおりだと思います。『これは忘れちゃいけない』という両親の言葉や行動は今でも昨日のことのように覚えていますから」
最後に本書を次のように楽しんでもらいたいと語る。
「ゴシップではない本を出しました(笑)。僕は役者人生が長いですから、きっと相当数の方が僕の芝居をご覧になっていると思います。
そうした方々が市村のことを思い出し、『そういえば、あのころこの芝居を見たな』、『あの芝居の裏側ではこんなことがあったんだ』と、当時を懐かしく振り返りながら読んでもらえたらうれしいですね」
ライターは見た!著者の素顔
市村さんのお宅には、家族以外の生き物がたくさんいるのだという。「上の子がウーパールーパー、モルモット、アマゾンのカエル、セキセイインコを飼っていまして、ミニ動物園です(笑)。少し前には息子が孵化器(ふかき)とうずらの有精卵を買ってきまして、結局、僕が孵化させました。生命の誕生を見せることができたのはよかったかな。今、うずらは2羽いるんですが、けっこう大きくなりました。そろそろフランス料理店へ持っていこうかなぁ(笑)」
取材・文/熊谷あづさ