もどかしい不自由な生活
俳優の鈴木さんは、見舞いに訪れた病室での滝川さんの姿を、以前と変わっていないと感じたという。
「さまざまな葛藤の中で苦しみ、きっと変わったことや悩んだこともあっただろうと思うんです。でも、滝川さんは生粋のエンターテイナーで、他人に対する心遣いやもてなしたいという気持ちがとても強い人。だから、あえて僕には『変わらないように見せてくれた』んじゃないかと思います」
前述の荒木田さんも、事故後すぐに見舞いに行ったときは、悟ったような落ち着きを見せていた滝川さんが、しばらく後に見舞ったときは昔のように戻ったと感じたという。滝川さんのリクエストで差し入れた舞台のDVDを荒木田さんそっちのけで、その場で見ようとする姿に、「一見ワガママを言っているふうで、実は『俺ってこういうやつだったでしょ?』というサービス精神を発揮しているのでは」と感じたそうだ。
当時、滝川さんの病室に見舞いに訪れる友人や知人は、「深刻な表情でやってきて、面会した後は、晴ればれとした笑顔に変わって帰っていく」のが通例だったと所属事務所の片山依利社長は言う。エンターテイメント精神は、入院しているときでさえ遺憾なく発揮された。その変わらぬ明るい表情に、訪れた人の誰もが心に何かしらの刺激を受けたのだろう。
しかし笑顔の裏で、本人は突然の環境の変化に苦しんでいた。「プライドが高く、他人に頼るのが苦手な性格」と自覚する滝川さんにとって、顔にかゆみを覚えても自分で掻くことができず、いちいちセンサーに空気を吹きかけてナースを呼ばなければいけないような状況は、もどかしく苦しいものだった。「すみません」が口癖になり、考えも後ろ向きになってしまう。
自分で自分を追い込みかけたとき、持ち前の強さが顔を出した。謝りそうになったら「ありがとう」と言い換え、感謝の気持ちを伝えることにしたのだ。すると、外出先でたまたま居合わせた人が水筒を取って飲ませてくれたり、車道の車が車いすが渡り切るまで待っていてくれたりとたくさんの親切に出会うたび、素直に感謝できるようになったという。
「他人に頼るまいと必死だった以前の自分なら、気づけなかった温かさがある。なんでも当たり前にできる生活を失ったからこそ、気づくことの連続です」
今も滝川さんの部屋には、口にくわえた筆で紙に書いた「感謝」という2文字が大事に飾られている。
2017年12月8日、思いどおりに身体が動かせない困難な状況の中で、滝川さんはあえてブログで、自らの今の思いを明かす道を選んだ。家族など近しい周囲の人々の中には、滝川さんの心身にかかる負担を心配して反対する声も多かった。それでも滝川さんは、「事故や障害による現実を自らつまびらかにすることで、応援してくれる人々と本当に手を取り合って前へ進むことができる」と確信していた。
事故直後の日々の思いがつづられたそれらの記事は、滝川さんにとって外部とつながる手段であり、画面の向こうのたくさんの人たちに思いを伝え、思いを受け取る場所となっていく。