俵万智と小泉今日子
やがてバブル崩壊。地上げ業者の倒産も相次ぎ、危機は去った。ところが思わぬ副産物も。
「オーナーがいなくなっていた店に、この街を気に入った若い人たちが出店してくれた。そのおかげで、高齢化しつつあったゴールデン街も若返ることができたんだよ」
と外波山はうれしそうに話す。まさにピンチはチャンス。オーナーが若返ったことで、訪れる客層も広がり、火の消えかけていたゴールデン街も活気を取り戻しつつあった。
そして21世紀に入って間もないころ、『クラクラ』にも女神が現れる。
「最初は編集者に連れてこられたのがきっかけで、月に2、3回バイトとしてカウンターに立つことになりました。田舎の福井から送られた新米があまりに美味しかったので、ひと口サイズの塩むすびにしてカウンターに積み上げたら、それが評判になったこともありました」
と話すのは当時、歌人として活躍していた俵万智さん。
俵さんがいると聞き、演出家の野田秀樹さんや歌舞伎俳優の故・中村勘三郎さんも遊びにきてくれて店も賑わった。
落語家の春風亭昇太師匠も、長らく通う常連のひとり。
「新宿・末廣亭の高座に上がった帰り、よく顔を出してます。縁あって、花園神社の野外劇に舞台づくりから参加させていただいたことも。外波山さんは年齢不詳。権威をふりかざさない、なんとも言えない人柄に魅力を感じますね」と話す。
しかし、いざ芝居に入ると人格は一変する。映画監督の平山秀幸さんは言う。
「最初に出ていただいた2004年の映画『レディ・ジョーカー』ではトバさん演じる叩き上げの刑事が自殺するシーンがあるんです。そのときのトバさんがよくてね。怖いくらいで、現場はビリビリ。それ以来、映画を撮るたびにワンシーンでもって言って出てもらっています。
2017年のドラマ『ヒトヤノトゲ〜獄の棘〜』(WOWOW)では、息子を殺され、刑期を終えて出所する犯人を射殺する父親の役を演じてもらいました。このときも声をかけられないほどの緊張感で素晴らしい芝居を見せてもらいました。たまには全然違う、柔らかいゲイバーのママ役かなんかで、出てもらおうかな(笑)」
一昨年3月、下北沢ザ・スズナリの椿組の舞台『毒おんな』に、あの小泉今日子が出演することが明らかになると芸能界に衝撃が走った。
「この芝居は、練炭による『連続不審死事件』を起こした木嶋佳苗死刑囚がモデル。お互いの芝居を見て、『クラクラ』にも飲みにきてくれたキョンキョンがこの事件に興味があったことから声をかけました」
と、外波山は淡々と話す。
しかしこの年1月末に小泉はこれまで所属してきた大手芸能プロダクションから独立。しかも妻子ある俳優と恋愛関係にあることを認め、「自分の罪は自分で背負っていきます」と名ゼリフを残したばかり。
巷で話題になっている大物の独立後の初仕事が、『毒おんな』。しかも150人も入れば満員になる小さな劇場の舞台であることに、驚きの声が上がったのである。
「小劇場の芝居『毒おんな』に出たことで、キョンキョンがこれから目指す方向性、を周りに示すことができたんじゃないかな」