検察が暴走したら大惨事に

 倉持氏は「今回の件において、人事院には調整が事前に入っていなかったのではないか」と推測する。なぜなら、法務省を中心とした政府内でもこの問題に対し、認識が統一されていなかったからだ。

 2月10日の衆議院予算委員会で、森まさこ法務大臣が過去の政府見解を「承知していない」という驚きの答弁をし、「解釈の変更をしなくても検察官に国家公務員法は適用され、検事長の勤務延長は可能」との認識を示した。これは、上述した'81年の政府答弁に真っ向から反する。

 しかし、2月12日の衆議院予算委員会で、人事院の松尾恵美子給与局長は検察の定年制について「現在までも、特にそれについて議論はなかったので('81年のころと)同じ解釈を引き継いでいる」と明言。従来の政府と同じ見解を述べたのだ。ここで、法務省と人事院の見解が衝突・矛盾する。

 辻褄(つじつま)を無理やり合わせるため、安倍首相は2月13日の衆院本会議で、当時の政府見解を認めたうえで「今般、検察官の勤務延長については、国家公務員法の規定が適用されると解釈することとした」と唐突に解釈変更を表明した。そして2月19日、松尾給与局長は衆院予算委員会で、2月12日の答弁内容を「つい言い間違えた」と撤回。彼女は答弁後、天を仰いだ。自らの良心にそむいてしまったことを悔いているようにも見えた。

 官僚にこのようなことをさせていいのか。“森友問題”において、本省からの指示で不本意な文書改ざんを迫られた近畿財務局職員の赤木俊夫さんが、心身を病んで自殺した。この問題に乗じて『忖度(他人の心を推し測ること)』という言葉が有名になった。時の政権に忖度して、公文書を改ざんしたり、政府答弁に合うように解釈をかえて、自分の発言を撤回することが官僚の仕事なのか。本来であれば、国民の生活を守ったり、国を成長させたりと、大変でもやりがいの大きな仕事であろうはずなのに。

 このまま法案が通り、実際に検察官の定年が延びるとともに、黒川氏がいずれ検事総長の座についてしまったらどうなるのか。郷原氏は、

「安倍首相は“森友問題”や“桜を見る会問題”について糾弾され窮地に追い込まれるたびに、検察当局の捜査や処分がないことを持ち出して、自身の政策に問題がないことを示す言い訳にしてきた。そして今回、検察を“強引な閣議決定による検事長定年延長”という違法なやり方で支配下に収めようとし、それが強い批判を浴びるや否や、検察庁法改正によって合法化しようとしています」

 と指摘し、こう続ける。

「桜を見る会に対する多くの“疑惑”はもちろん、河井案里参院議員の選挙中に、安倍首相の指示で自民党から1億5000万円もの多額な選挙資金が案里議員側に提供されていたとされる件や、有権者に香典を渡し公職選挙法違反の疑いを持たれた菅原元経産大臣についてなどを捜査する際、融通がきく黒川氏を据えたことで検察側にプレッシャーをかけ、捜査をうやむやにする恐れがあります」

 内閣と検察との“距離”が近くなることで、このように政権への厳しい監視の目が弱まる危険性があっては大問題だ。さらに、私たちの生活にも何か影響が出ることがあるのかと問うと、郷原氏は衝撃的な言葉を放った。

「戦前の治安維持法、学校で習いましたよね。当時、同法に基づいて、国や大勢(たいせい)に逆らう者は不当に投獄されました。さすがに現代の日本でそんなことは起こらないだろう、と思っている人が多いでしょうけれど、検察の権力がすべて政権のもとに集中すると、例えば法律をねじ曲げて、身柄を拘束するだなんて簡単にできでしまうんですよ」

 今はまだ実感がわかない。でも、政治に無関心でいるといつの間にか、自由が奪われるかもしれない。

「検察は独立しすぎても、強すぎてもいけません。検察の暴走は常にあり得ることだと考え、今後は例えば、第三者の選考委員会を設けて外部からの弁護士を検察のトップにおくなど、中立を守るためのさまざまな可能性を探っていかねばなりません」(郷原氏)

 倉持氏も、制度の“抜け穴”の問題性を指摘する。

「今回の“人事”のような、直ちに誰かの権利侵害が認められないケースにおける違法性を直接、争う制度がないことも問題です。ただ“安倍批判”に終始するのではなく、憲法裁判所の創設など、法の支配を貫徹する抜本的な制度改革についても論じていかなければなりません。与野党どちらからもこのような制度論への声が上がらないことが、政治のもうひとつの問題でしょう」

 検察庁法では「検事総長、次長検事及び各検事長は一級とし、その任免は、内閣が行う」と定められている。しかし、これまでは検察の独立性を担保するという観点から、前任の検事総長が後任を決めることが慣例とされ、官邸が検察の人事に介入することはなかった。それがいま、崩れようとしている。新型コロナ騒動の裏で、危険な法案が出され、議論にもならないことに、恐怖とやるせなさを覚えた。強い権力に対しては、どのように歯止めをかける制度が必要なのか。司法の人事が政治に利用されるようなことなど、あってはいけないはずだ。具体策を論じるべきだろう。

(取材・文/お笑いジャーナリスト・たかまつなな)
※この記事は、私たかまつなな個人の発信です。所属する組織・勤務先とは一切関係ありません。問い合わせは、下記アドレスまでお願いします(infotaka7@gmail.com)


【PROFILE】
郷原信郎(ごうはら・のぶお) ◎弁護士。'55、島根県生まれ。東京大学卒業後、検事に。東京地検検事、広島地検特別刑事部長などを経て退官。'08年、郷原総合法律事務所を開設し、組織のコンプライアンス問題に力を入れる。主な著書に『検察崩壊  失われた正義』(毎日新聞社)など。

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) ◎弁護士。'83年、東京生まれ。慶応義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。'12年弁護士登録(第二東京弁護士会)。弁護士法人Next代表弁護士・日本弁護士連合会憲法問題対策本部幹事。共著に『ゴー宣憲法道場』(毎日新聞出版社)など。

【INFORMATION】
本件については、Youtube『たかまつななチャンネル』内の動画「コロナの裏で重要法案が成立?!」でも話しています。
リンクURL→https://youtu.be/lGfM7PPIMs4