一方、都内で暮らす矢部実知子さん(30代=仮名)は、小学生の子どもがいるシングルマザーだ。2年前に知り合った男性と付き合い、昨年、子どもも一緒に3人での生活を始めた。しかし、コロナの影響でお互いにテレワークになると、言い争いが絶えなくなった。
望まない妊娠、そして流産
兆候はあった。昨年末、やってもいない夜遊びについて問いただされ、実知子さんが否定すると「なぜ嘘をつく?」と、言いがかりをつけられたのだ。その後も、仕事のついでに飲みに行くときに限って、彼から連絡がきた。
「もしかするとGPSでもつけられている? と思ったんです。バッグや財布を探してもありませんでした。タイミングが変で気持ち悪いです」(実知子さん、以下同)
違和感を抱きつつ、その後も同棲は続けた。しかし、行動を逐一チェックされる。
「彼が帰ってきたら、掃除をした箇所など、1日の行動を報告するのが義務です」
正確に伝えなければ責められるため、実知子さんは自らチェック表を作った。
彼は自分の話ばかりして実知子さんの言い分を聞かない。反発すると、威圧的な態度をとる。ただ、子どもへの接し方はよく、配慮を感じる。
そんな中で実知子さんはストレスから精神的に追い詰められ、ついに緊張の糸が切れてしまう。小池百合子都知事がロックダウン(都市封鎖)を匂わせた3月下旬、実知子さんはキッチンの包丁を持ち出し、お腹を刺して自殺をしようとしたが、彼に制止された。もとからあった関係のゆがみに、コロナが拍車をかけたのだ。
今年4月には望まない妊娠をしたが、流産する。
「生理不順で飲んでいたピルを止めるよう彼に言われたんです。でも、避妊はしてくれませんでした。その後、すごい腹痛がして血の塊が出て。検査薬では陽性でした。ストレスの影響? おおいにあるでしょうね」
DV被害者はすぐに相談機関に出向くわけではない。そのため地域の産婦人科などが、悩みに寄り添い支援につなげる“ゲートキーパー”の役割を果たしている。
富山県にある『女性クリニック We! TOYAMA』の種部恭子代表(産婦人科医)のもとには、20代、30代の被害女性たちが来院する。
「加害者は被害者が嫌がっても性交を求め、避妊に協力しない傾向があります。避妊用にピルを処方することで女性たちと関係を作れば、支援につなげることができます」(種部医師)
望まない性交はもちろん、避妊に協力しない、中絶を強要するなどの行為は、すべてDVだ。
現在、感染防止のためという理由で、彼は実家へ戻っている。実知子さんは「彼と関係を続けていくのは不安」とこぼす。周囲のほとんどが「別れればいい」と言うが、思い切ることができない。
実知子さんが言う。
「子どもが彼になついているんです。実家も知られている。別れ話になったら、面倒になりそうで、嫌なんです」