髭男爵・山田ルイ53世
自粛期間にできるのは、目の前のことに何とか楽しみを見つけることだけではもちろんない。これまで時間がなくてできなかった勉強や自己研鑽の時間にすることもできるだろう。
けれど、髭男爵・山田ルイ53世は「あんまりこういうこと言うべきじゃないのかもしれないですけど」と前置きした上でこのように語っている。
「この自粛期間を有意義に過ごそうぜって言う人がちょっと多すぎるなって思う。無意味にボーッと過ごしてもいいんじゃないかって思ってます」
(『ボクらの時代』'20年5月3日)
6年間の
引きこもり生活を経て
山田といえば、中学のころから6年間、引きこもりの期間があったことは有名な話だ。引きこもりになる前の山田は「きちんと生活するんだ」と強く意識し過ぎて、潔癖症的な完璧主義のような生活をしていたという。それがひとつのちょっとしたきっかけで崩壊し引きこもりになってしまったのだ。
「あの6年間があったからこそ今の自分がある」などと美談にされてしまうことに、山田は強く反発する。事あるごとにあの期間は「無駄な時間」だったと振り返っている。
「ムダはムダ。負けは負け。それ以上でもそれ以下でもないし、それでいい。『人生に無駄なことなんてない!』という考え方は、裏を返せば無駄があってはいけないということ。そんな風潮自体がしんどいというか、人を追い詰めることもあると思う」(「OCEANS」'19年2月5日)
そんな経験をしてきたからこそ「無意味にボーッと過ごしてもいい」という言葉に説得力がある。
一方で、「俺ね、ゴロゴロしてるとイライラするんだよ。なんかやってないと。ゴロゴロできないのよ」(『ミュージックステーション』14年10月24日)というタモリのようなタイプの人もいるだろう。
時間があると人はネガティブなことを考えてイライラしてしまいがちだ。その矛先が他者へ向けられてしまうことも少なくない。
オードリー・若林正恭
「唯一ネガティブな時間から逃れられる人生の隠しコマンド、それが“没頭”である」
(『ナナメの夕暮れ』)
オードリー・若林正恭は自著でそのように書いている。生きていて楽しくないと感じる人は、他人を否定する方向に進みがちだ。他人や物事に対して冷笑し、その価値を下げ、相対的になんとか自分を肯定しようとする。
そして周りに、「生きていて楽しくない」という感情を感染させようとする。
そうすると、楽しく生きようとしている人たちは離れていき、同じような人たちだけが集まり、ますます生きていて楽しくない世界が強固になっていってしまう。
かつて若林もそうだったという。それに気づき、なんとかそこから脱しようとした若林がまず行ったのはペンとノートを買うことだったという。ノートに、自分がやっていて楽しいことを徹底的に書き込んでいったのだ。
なぜなら、自意識過剰のせいで、自分が本当に楽しいと思うことに気づいてないという予感がしたからだ。実際、改めて書いていくと自分でも意外なものを好きだったのだと気づいたという。そしてその好きなことをやることに没頭した。