夢は言葉に、未来を面白がって
関野さんは、もともと「美容で教育をやりたい」という気持ちを胸に秘めていた人。1歳半のときに暖房器具で大ヤケドをおい、ずっとコンプレックスがあったが、13歳のとき友人がすすめてくれたメイクに救われたという経験がある。人の心を変える美容を、教育にも取り入れたほうがいい。そう思ったものの、学生がメイクをすると校則違反と非難される。もやもやした思いを抱えて思春期を過ごした彼女が選んだ進路が[フロムハンド]メイクアップアカデミーだった。彼女は卒業後、小林さんのアシスタントをしているときに、高校を作ると聞いて自ら手をあげた。
「願ってもないチャンスだなと。だから、暇さえあれば小林さんに質問し、提案書も200くらい書きました。そしたら『あなた、やりなさいよ』って」(関野さん)
小林さんより50以上も年下だが、絶大な信頼を受けているのは、クリエイターとしての優秀さや並はずれた行動力もあるが、何より小林さんの哲学をしっかりと受け継いでいるから。
「お客様はひとりひとり違うし、その肌は心とつながっていて繊細。それを扱うのが美容です。だから学校では、技術以上に、礼儀や敬意、人の気持ちを想像する力など、“人間力”を育てることが大事だと考えています」(関野さん)
こうして、小林さんの夢は、次世代にも着々と引き継がれつつある。
50代半ばに、新しいスタートを切った小林さん自身の姿勢に触発されてか、その周りには、中高年になってから、新たな夢や目標を持つ人も集まってくる。
例えば、前述の後輩・原田純子さんは、「歌の夢もやり残したくない」と思い、50代でシンガー・ソングライターとしてデビュー。純子さんという芸名でコンサート活動も行っている。
俳優の片岡鶴太郎さんは、小林さんに“美容の弟子入り”をした。小林さんの著書『これはしない、あれはする』を2年前に読み、面会を熱望。最初に会ったときは、3時間以上も話が尽きなかったという。
「柔らかで偉ぶらない人柄、年齢を重ねてますます自分を“進化・深化・新化”させていく姿勢。お会いしてますます、この人の背中を追って生きたい、と思いました」(片岡さん)
ヨーガの修行を続けている片岡さんは「肌は肉体の一部、精神ともつながっている」という考え方に共鳴する部分も大きかったという。
「われわれのように年齢を重ねた男性も、肌と心を整える美容は重要だと実感しています。小林さんから教わった“蒸しタオル美容法”は特に役立っていて、周囲の人にもすすめています」(片岡さん)
小林さんから美容を教わり、かわりに片岡さんが絵を教える、という形で、交流は続いている。
また[フロムハンド]メイクアップアカデミーに、40代、50代で入学してくる人もいる。
「技術の習得は若いほうが早いかもしれません。でも美容の根っこは、人をきれいにしたい、という思いやりの心。子育てや家事をがんばってきた人、会社でもまれてきた人は、それがすでに身についている。それは、美容の技術や知識に、キャリアとして上乗せされるんです」
「だから自分は何もできない、なんて思わず、何歳でもチャレンジする価値はあるんです」
娘・ひろ美さんが「勉強熱心で、最新のものをキャッチアップする力もすごい」と話すように、小林さんのチャレンジ精神に衰えはない。ここ数年は、自身のメイクアップ理論「印象分析」を、AI(人工知能)に学習させ、より精度高く、使いやすくする仕事にも力を注いでいる。
「時代の進化に合わせて、便利なものはどんどん利用する。未来を面白がるのが私なんです」
美容の枠を超えた活動もスタートした。10年後、20年後の世の中がよくなるようにと、2019年4月から、無償の私塾「アマテラス・アカデミア」を開講。ここでは、10年間で150人を育てる予定だ。
「現場力があり、自分のことだけではない広い視野を持っている。そんな20代、30代の女性を募り、連携力をもって、将来、政治にもものを言えるような人材を育てようとしているんです」
そのとき、小林さんは90歳、100歳を越える。
「もし身体がきかなくなっても、そのときにできることをすればいい。いくつになっても夢は言葉にすれば叶うと思うし、私はいつでもその後押しをしたい。人の役に立つのが好きなんですね」
いつでも未来を見て生きる。小林さんのこれからが、ますます楽しみだ。
取材・文/秋山圭子(あきやまけいこ)女性向けライフスタイル誌の編集部を経て、フリーの編集・ライターとして独立。『週刊女性』などの女性誌、男性誌、ウェブサイトなどさまざまなメディアで、美容・食・人物インタビューを中心に執筆。