午前1時半ころ、バーン!とテントに石が当たる音がして、「来たぞ!」と渡邉さんが叫び、Aさんは飛び出した。暗がりで犯人の顔はよく見えなかった。渡邉さんが「コラーッ!」と大声で威嚇し「シッ、シッ」と手で追い払おうとする。男たちは「今日はババアに用事がある!」と言い、逃げるAさんが引いていた自転車を蹴り、石を投げながら、執拗に追いかけてきた。

 少年は少なくとも「3人はいた」。1人が目の前に立ちはだかって、ライトで顔を照らしてきた。眩しくてなにも見えない。別の1人が堤防の上から背中に石を投げつけ、さらにもう1人、振り返るとライトが見えたので「渡邉さん、危ない!後ろにもいる!」と叫んだという。

少年らは「見殺しにした」

 後ろから、渡邉さんが「はよ行け!はよ行け!はよ行け」と3回叫ぶのを聴いて、Aさんが必死で逃げたという道のりを、私はAさんと一緒に歩いた。堤防の上には、犯行を捉えた防犯カメラ。投げつけられた小石がまだあちこちに散らばっていた。

渡邉さんとAさんに投げつけられた小石がまだあちこちに散らばっていた(筆者撮影)
渡邉さんとAさんに投げつけられた小石がまだあちこちに散らばっていた(筆者撮影)
【写真】被害者が暮らしていたテントや、哀悼の手紙の数々

「この歳でも、私は“女性”だから。犯される! と思って怖かった」

 なぜ、襲撃はエスカレートしていったのか。ターゲットは「女性」であるAさんだった。その前の襲撃のときも、男たちは「ババアどこ行った!」とAさんを追いかけ、民家のガレージに逃げ隠れたAさんを、いつまでも探し回っていたという。

 つまり、今回の事件は「ホームレス」を蔑視する差別意識に加え、さらに「女性」であるAさんを執拗に狙った性的ハラスメントでもあった。

 橋から北へ約800メートル、Aさんは堤防を駆け下り、公衆電話のある場所へ向かっていた。そのとき突然、背後で「シッコたれとるぞ!」という男の声に驚いて振り返ると、田んぼの中を走り去る二人の男の影が見えた。路上には、渡邉さんが仰向けに倒れていた。

 急がなくてはと夢中で公衆電話へ走り通報した。パトカーと救急車が来て、一緒に現場へ戻り、「渡邉さん!来たよ!」と駆けよると、「アー」とかすかに反応し「生きてる! 助かる、と思った」。

 が、6時間後、搬送先の病院で渡邉さんは息を引きとった。右後頭部には強い打撃による頭蓋骨骨折があり、死因は脳挫傷と急性硬膜下血腫と判明した。

 逮捕から約1か月後の5月15日、岐阜地検は殺人容疑で逮捕された3人に対して「殺意は認定できない」として、傷害致死を適用した。致死の状況については「土の塊を渡邉さんの顔に投げつけ、命中させて、転ばせた。その際に渡邉さんが後頭部を路面で打って死亡したもの」とした。

 3人のうち、勾留中に20歳になった無職の元少年(瑞穂市)を、傷害致死罪で起訴し、成人として刑事手続きをとった。共謀したとみられる会社員(安八町・19歳)と無職の少年(大垣市・19歳)の2人については、傷害致死の非行内容で岐阜家裁に送致した。が、今後の少年審判によっては、検察官送致(逆送)となって成人同様に裁判員裁判で審理される可能性もある(6月4日現在)。

 一方、傷害致死の疑いで逮捕された、朝日大学硬式野球部員の男子学生2人(ともに19歳)は、ほかの少年らとテント付近までは行ったが、犯行の共謀については「嫌疑不十分」として、不起訴処分となった。

 殺意があったかなかったか、私に判断できるすべはない。

 しかしAさんの証言、「シッコたれとるぞ!」と少年が発言したというのが事実であれば、自分たちの暴行によって渡邉さんが倒れ、失神状態にあるという異変に気づいていながら、その場で救急車を呼ぶことも、何ら救命活動もせず逃走したとしたら「見殺しにした」も同然ではないだろうか。

 Aさんは、警察にも、検事にも、すべてありのまま同じことを話してきたという。しかし、地検の起訴内容じたいも、不可解である。その夜、少年3人は共謀し「およそ20分間、約1キロにわたって、逃げる渡邉さんを追いかけながら、石を投げつけた」とされているが、少年たちが標的にして追いかけていたのは渡邉さんではなく、女性のAさんのほうである。

 少年たちの暴行からAさんを守ろうとして、渡邉さんはAさんのあとを追い、その結果、命を落としてしまった。にも関わらず、Aさんへの暴行については、一切、触れられていない。事件の核心には、「女性Aさんを狙った暴行事件」があるのに、なぜ、それを立件もせず、不問にするのか。

 さらに取材していくなかで、今回の事件を未然に防ぎ、渡邉さんの命を救うチャンスは何度もあったことが、次々と浮彫りになっていった。

 渡邉さんの命を奪ったものは、何なのか。そして今後、子どもたちを加害者にも被害者にもしないために、私たちに何ができるのか。

 次回、引きつづきお伝えしたい。

※後編は6月5日(金)5時30分に公開します。


北村年子(きたむら・としこ)◎ノンフィクションライター、ラジオパーソナリティー、ホームレス問題の授業づくり全国ネット代表理事、自己尊重ラボ主宰。 女性、子ども、教育、ジェンダー、ホームレス問題をおもなテーマに取材・執筆する一方、自己尊重トレーニングトレーナー、ラジオDJとしても、子どもたち親たちの悩みにむきあう。いじめや自死を防ぐため、自尊感情を育てる「自己尊重ラボ Be Myself」を主宰し、自己尊重ワークショップやマインドフルネス講座も、定期的におこなっている。2008年、「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」を発足。09年、教材用DVD映画『「ホームレス」と出会う子どもたち』を制作。全国の小中学・高校、大学、 専門学校、児童館などの教育現場で広く活用されている。著書に『「ホームレス」襲撃事件と子どもたち』『おかあさんがもっと自分を好きになる本』などがある。