林葉直子という人は、とても幸せなのだ

 しかしペットの話になると、互いにただもう親バカっぷりを披露できる。

 私は鳥を飼ったことはないけれど、愛犬が二匹いる。とにかく私は可愛いおとなしい小型犬しか飼ったことがない。

 林葉さんのお父様は警察官で、警察犬を飼育し訓練していたのはよく知られた話だ。つまり林葉さんの身近にいたのは、シェパードのような大型犬ばかりなのだった。

 私は大型犬の扱いは無理、正直どう接していいかわからず怖い、といったら。

「私は逆に、小型犬ってどうしていいかわからないんですよ。接していたのはいつも立ち上がったら人間くらいある犬ばかりだったから、そんな小さな犬はどう抱けばいいのか、どんなふうにご飯あげればいいのかわからない」

 にこやかに返され、あっ、と胸を突かれた。私の中には大型犬は怖い、大変、小型犬は可愛い、楽、という思い込みがあった。逆の立場から見れば、すべてが反転する。

 世間一般から見れば、棋士やタレント、作家といった職業の方が大変そうで特殊なのだが、私たちからすれば会社員や主婦の方が困難な仕事やできないことなのだった。

 不倫をしてきた人からは普通の結婚が難しそうに見え、ヌード写真集を出したり着ぐるみでテレビに出ている側からは、事務や販売や製造といった一般職が無理、そんなこと私にはできないわ、となる。

 不実な既婚者に振り回されたり、かなりダメなヒモとくっついた私たちからすれば、まじめに勤めて浮気も浪費もしないよき父、よき夫のほうが扱いに困るのだった。

 そしてもうひとつ。林葉さんはタロット占い師としても活躍されているが、これは将棋よりもっと読めない不確かな未来を読むものだ。

 つい、占い師に必ず聞いてみたくなることを聞いてしまった。占い師は自分は占えないって、あれはやっぱり本当ですか、と。

「自分で自分を占ってみると、何度もやり直してしまいます。そうであってほしくない未来を示すカードが出たら、願いどおりのカードが出るまで繰り返す。そうなると、カードにもてあそばれてしまうんですよ」

 痛いほどに、膝を打ってしまった。自分の中で悩みや希望がぐるぐる堂々巡りになって、はかない夢にすがると、確かに自分の人生なのに自分に惑わされてしまう。

 このような職業、立場になれてよかったなと心から思うのは、すごい人から自分にだけ突き刺さる言葉を直接もらえることだ。

 ともあれ林葉さんは今、実家で家族と仲よくし、愛鳥の世話もし、闘病しながらも穏やかに生きている。今はまだ難しい時期だけど、東京でも遊びましょうなんて約束もした。

 そういえば林葉さんは、まさに前時代的なお父様にも抑圧されてきたとご自身の著書にもあるが。お母様は元々お嬢様で専業主婦しかしたことがなかったので別れなかった、というが。家を出ていろんな場所を飛び回った林葉さんも、お父様なき家に戻っている。

 愛鳥バッチャマンもきっと、抜け出しても林葉さんの元に戻ってくるのだろう。

 林葉さんが帰宅された後、私はなんだかすべての謎が解けた気がして興奮し、感動していた。それは、林葉直子という人は、とても幸せなのだ、という解答だった。

 今も幸せだから、私たちに会ってくれた。今も幸せだから、ご迷惑をかけますのでと多大な援助を断り、今も幸せだから鳥のコスプレもして笑う。

 さまざまなスキャンダルや困難を乗り越え、しかし栄光と栄誉は失うことなく、親身になってくれる人もファンもいる。愛鳥もいる。今は大変な闘病中なのであまり表には出てこられなくても、私みたいな新規のファンも現れる。

 林葉直子さんが今幸せであることで、私も今幸せを感じている。

岩井さんはテレビでおなじみのヒョウのコスプレを。対する林葉さんは鳥のコスプレを。おふたりともノリノリ! 撮影/山田智絵
岩井さんはテレビでおなじみのヒョウのコスプレを。対する林葉さんは鳥のコスプレを。おふたりともノリノリ! 撮影/山田智絵
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作家 岩井志麻子(いわい・しまこ) 1964年、岡山県生まれ。少女小説家としてデビュー後、『ぼっけえ、きょうてえ』で'99年に日本ホラー小説大賞、翌年には山本周五郎賞を受賞。2002年『チャイ・コイ』で婦人公論文芸賞、『自由戀愛』で島清恋愛文学賞を受賞。著書に『現代百物語』シリーズなど。最新刊に『業苦 忌まわ昔(弐)』(角川ホラー文庫)がある。