美良生の成長スピードは想定外
現在、美良生君は小学3年生。ひらがなとカタカナは読めるが、計算は苦手だ。佳恵さんは「たぶん授業はチンプンカンプンだと思う」とマイナス面も認める。
「でも、街でお友達に会うと“あ、美良生君だ”と声をかけてくれます。ケンカもするし、からかわれて、もめたりもする。そういう関わりは普通学級に在籍しているからこそのことだし、みんなの中で生きているなと実感しますね」
これから小学校高学年になると勉強は難しくなる。支援学級のほうがいいのではと迷うこともある。
「美良生が生きやすくなるための環境作りは延々と続くだろうなと思います。ただ、彼の成長スピードは想定外なので、未来を見据えようとしても、あまりにも見えなさすぎる。
だったら、今、目の前にあるものを大事にしようと。今日を充実させて、みんなで笑うことができたら、よりよい明日が作れると思うんですよね」
熱のこもった佳恵さんの言葉をじっと聞いていた夫が遠慮がちに口にした。
「僕はどうやって美良生より長生きしようか。どうしたら美良生とずっと生きていけるかと考えていますよ」
「それは美良生をダメにします!」
佳恵さんは強い口調で否定して、こう続けた。
「いずれ私たちはいなくなるので自立してもらわないと。グループホームとか、いろいろな人と支え合いながら生きてほしいと思います」
佳恵さんの芸能生活は、高校2年生で映画オーディションに合格してから、ちょうど30年になる。
女優、タレントとして活躍を続け、出産後には子育て番組のMCを務めたり、障がい者関連の番組に出演したり。子育てエッセイ『生きてるだけで100点満点!』など著書も2冊出版した。仕事の幅は広がっても、貫いているモットーはひとつだ。
「自分の心に嘘はつかない」
それはどんな仕事でも、同じだという。
「お芝居をしているときに自分と役が重なって、嘘がなくセリフが言えたときはすごく心地いいです。もちろん、できなくて嘘をついたこともありますよ。悲しくないのに泣いているフリをしたりとか。そんなときは気持ち悪さと申し訳なさで、すっごく後悔が残るんですよね。
バラエティー番組などに出るときは私ができる限りのことを、その場に応じてやっています。でも面白くなかったら笑いません。楽しいから笑っているので、ストレスがない。だから続けていられる気がします」
嘘のない生き方は仕事だけではない。プライベートでも同じだ。失敗も自分の弱さも隠さずに、周りの人の力を借りながら、すべてを受け入れて、前を向いてきた。
そんな奥山佳恵さんの心からの笑顔は最強だ。そこにいるだけで、みんなを元気にしてくれる。
取材・文/萩原絹代(はぎわら・きぬよ) 大学卒業後、週刊誌の記者を経て、フリーのライターになる。'90 年に渡米してニューヨークのビジュアルアート大学を卒業。'95 年に帰国後は社会問題、教育、育児などをテーマに、週刊誌や月刊誌に寄稿。著書に『死ぬまで一人』がある。