『愛撫』と『帰省』、2つの名作が誕生
その結果、アルバム曲ながら有線やカラオケでヒットし、その評判を受けて翌'94年には両A面シングル『片想い/愛撫』としてリカットするほどに。特に、有線では'93年の年間53位、'94年に65位と2年にわたって人気を博した。'80年代にも年間TOP10作が8作とメガヒット・アルバムが大量にある明菜だが、'93年の『愛撫』はアルバム曲として明菜最大のヒットとなった。
'90年代は、この低く響く地声のほか、優しく繊細な裏声まで響かせるようになる。この裏声でのふわっと力を抜いた歌唱だからこそ、カバー・アルバム『歌姫』は、明菜のオリジナル曲とは別次元で各方面から評価されたのだろう。音楽情報誌『CDでーた』では当時《オリジナル以上に『女性・中森』がじっくり味わえるできである》と紹介されている。
また、明菜も'92年に連続テレビドラマに進出。安田成美とのW主演だった『素顔のままで』は、口は悪いが世話好きで心優しい女性という絶妙な役を演じ、平均26.4%、最終回31.9%と、当時としてもかなりの高視聴率を記録。さらに主題歌の米米CLUB『君がいるだけで』も約290万枚というメガヒットとなった。このとき、明菜も他の女性歌手のように、挿入歌なりイメージソングなり、ドラマに絡めて発売できていたなら、'90年代の彼女はいくぶんスムーズに活動できたのかもしれない。
トラブルに巻き込まれた10年間の中で、無事に主演ドラマと主題歌を手がけたのが、'98年の『冷たい月』。夫の自殺とそのショックによる流産から、不幸のキッカケを作った女性への復讐を企(くわだ)てるというサスペンスドラマだったが、当時の明菜がまとっていたダークなイメージも相まって見事にハマり、また、高い演技力も見せつけた。
ドラマの主題歌となった『帰省~Never Forget~』で、地を這うように歌う出だしから始まり、サビで《せめて今を恥じないで 負けないで生きている》と絶唱する様子は、まるで命を削るかのようなすごみがあった。模索し続けた10年間だったが、前述の『愛撫』とこの『帰省』の2作が生まれたことだけをとっても、決して無駄ではなかったと言えるだろう。
このように'90年代の聖子と明菜は、それぞれの道を模索して'00年以降の活躍につなげた。より“人間味”が強く現れた作品が多い10年だったとも言えるだろう。
余談だが、'05年にダウンタウンが司会を務めた音楽バラエティー番組『HEY!HEY!HEY!』の放送で、聖子と明菜がボウリング対決するといった夢のような企画があり、常に比較されてきた2人がはしゃいでいる姿がとても印象的だった。あんなふうに無邪気に共演する2人を、いつの日かまた見てみたい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)