目指すはマザー・テレサと脱教室

 井本さんはこれまでを振り返り、「強い意志や目標を持ってチャレンジしたわけじゃなく、流れのままにいろいろなことをやってきただけ」と言う。だけどたったひとつ、目指すところがある。

 マザー・テレサが亡くなった'97年、放送された番組でのマザー・テレサの言葉を井本さんは鮮明に覚えている。

死にそうな人たちをここへ運んできて、死を迎える前にきれいにし、安らかに逝っていただくようにしているのは、犠牲の精神からではありません彼らの中に私の大好きなイエス様が見えるから、イエス様に仕えることができて本当に幸せなのです

 井本さんは、マザー・テレサが自分を犠牲にしたのではなく、素晴らしい宝物を相手の中に見つけて、そこに触れ合う自分に幸せを感じていたことに共感したという。

「僕は特定の宗教を信仰していないけど、あの言葉は僕の目指すところかもしれない。マザー・テレサから見れば、死を待つ人たちは、たとえるならダイヤモンドのようなもの。僕も、どの子を見てもどの人を見ても、最高!って心から思えるようになりたいんです

 数学教師の枠を超越していますねと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「そうだな。数学教師じゃなくてもいいのかも。子どもを伸ばすとか、教育を変えるために自分を犠牲にするとか、そんな気持ちは全くない。ただ、子どもたちが生き生きしていると僕が幸せになるだけ

 たまたま僕が得意だった論理的思考の授業は世間的に価値があるかもしれないけど、論理的思考なんてなくたって生きていける好きな人だけやればいい

 子どもたちは、安心してありのままでいられる環境さえそろえば、勝手に自分で輝きはじめる子どもたちにそういう場があるのなら、いもいもだってなくなってもいい

 井本さんと土屋さんは、現在、自然豊かな葉山の山の中で「葉山 里山の学校」というプログラムも行っているが、子どもたちとさらに自由に自然の中に出かける新たな教室を『いもいも』で10月から始める予定だ。

「教室を飛び出し、自然の中で生き生きと動き出す子どもたちを思い浮かべるだけでニヤニヤしちゃいます」と、井本さん。

 自分がワクワクするほうへと迷いなく突き進むその横顔に、やんちゃな少年とマザー・テレサが重なって見えたような気がした。

(取材・文/太田美由紀)


おおた・みゆき 大阪府生まれ。ライター・編集者。育児、教育、福祉、医療など「生きる」を軸に、雑誌、書籍、テレビ番組などに関わる。初の著書『新しい時代の共生のカタチ 地域の寄り合い所 また明日』(風鳴舎)が好評発売中。