犯罪被害者から
交通事故加害者に
教師をしていた雅治(仮名・40代)の父(70代)は、地域で評判の厳しい先生で、退職後は非行や犯罪をなくすための啓発活動や夜間のパトロールといったボランティアに熱心だった。
10年前、ちょうど雅治が結婚し、実家の近くのアパートで妻子と暮らし始めたころ、自宅に泥棒が入ったことがあった。物色された跡があり、引き出しに入れていた現金が盗まれていた。しばらくして、近所に住む非行少年の集団が逮捕され、雅治の自宅に侵入した犯人であることが判明した。
この事件を知った父親は怒り狂った。小さな町で、加害少年の自宅はすぐ特定でき、父親は片端から自宅を訪ね歩き、少年や保護者を怒鳴りつけたという。
その父親がある日、車を運転中に自転車に乗って交差点を渡っていた高校生をはね、死亡させてしまったのだ。突然、雨が降ってきたことに気を取られ、信号を見落としたのだという。父親は、今まで見たこともないような憔悴しきった表情で家に戻ってきた。
雅治は父親に付き添い、遺族の自宅に謝罪に向かった。そこで、鬼の形相でふたりを待ち構えていた女性はどこか見覚えがあった。父親は覚えていないようだったが、雅治はすぐに思い出した。10年前、自宅に泥棒に入った少年の母親だった。父親が死亡させてしまったのは、加害少年の兄弟だった。
「私はあのとき全額弁償しました。あなたも同じように、息子の命を返してください」
少年の母親は、泣きながら父親に詰め寄った。かつて父親が加害者家族に投げつけた罵詈雑言のすべてが返ってきた。父親が奪ったのは命であり、取り返しがつかない。10年後、まさか、このような立場に置かれるとは夢にも思っていなかった。
ある朝、父親は散歩に行くといって家を出たきり戻って来なかった。数日後、投身自殺していたことが判明した。
「父は他人に厳しすぎる人でしたから、自分を許すことができなかったのだと思います」
被害者と加害者家族の双方の立場を経験した雅治はそう話す。
人を責めることは簡単だ。
最近では幼い子どもが犠牲になるケースも多いことから、人々の処罰感情は加害者だけに留まらず、家族にまで向かう。被害者家族の心情は伝えられるが、加害者家族の状況を伝えるメディアは少ないことから、筆者のもとにも「被害者家族はこんなに辛い思いをしているのに、加害者家族はのうのうと暮らしているんだろう」といった批判も多く寄せられてきた。被害者側になる想像は容易だが、加害者側になる想像は難しい。自分が加害者という立場に追い込まれたら――。一度は考えてみてほしい。
阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)など。