「今から10年くらい前かな、新宿ゴールデン街にあるシャンソンバー『ソワレ』というところで働くようになったんです」
こう話すのは、2000年から、『進ぬ!電波少年』の企画『電波少年的東大一直線』に出演し、一躍ブレイクしたお笑いタレントの坂本ちゃん。「お恥ずかしい話ですけど、芸能のお仕事がなくなったころから……」と“今”を語り始めた。
「見事に調子に乗っちゃいましたよね~」
「今も金曜日に『ソワレ』で店番をしているのですが、そこにいらっしゃるお客さんのお顔をスマホで撮らさせていただいて、後日、似顔絵にするのが日課。5~6年ほど前から人様の似顔絵を書くのが趣味なんです」
『電波少年的東大一直線』終了後には、いろいろな番組などに引っ張りだこ。最盛期は年収が8000万円程度にまでのぼり、月に食費として100万円程度を費やすなど、まさに“この世の春”状態だった。
「『進ぬ!電波少年』の企画が終了したとき、当時のマネージャーさんから“お前がもし天狗になったら、すぐにお前の鼻をへし折ってやるからな”って言われてありがたいなって。私も30歳を過ぎていたので、調子に乗ることはないだろうって思っていたんですけど、見事に調子に乗っちゃいましたよね~(苦笑)」
さらに、突然売れっ子になった彼は、母親や弟からお金を無心され、2000万円もの大金を渡したという。その後、家族とは絶縁状態になってしまう。
バーに来た客の似顔絵を描くのが心の支え
そして今、バーに来た客の似顔絵を描くという趣味が彼の心の支えになっているという。
「原色を塗るのがすごい快感で楽しい。似てないかもしれないけど、お客さんが喜んでくれることがすごくうれしいんですよ。せっかくだったら、売っちゃえ~みたいな(笑)」
原色に彩られたイラストの数々は、ポップアート感にあふれ、独特な似顔絵を作り出している。SNSやお客さんの間で話題となり、2年前には『自宅で開催! 坂本ちゃん個展 新宿ゴールデン街の出会い+α』と題した個展を開いたほど。開催するための準備資金はクラウドファンディングで呼びかけ、見事、目標金額50万円を達成した──。というが、“自宅で開催”とは一体どういうことか!?
「当時、私は立ち退き寸前のアパートに住んでおりまして、どうせ解体されるんだったら、思い出のわが家で個展を開いてしまおうと。おかげさまで、来場してくださった方々の多くが似顔絵を購入してくださり、とても生活が助かりました。自分の顔ですからね、やっぱり買ってくださるというか、ありがたいシステムを見つけてしまいましたね、ホホホ」