あまり知られていない
深夜の“過酷な”鉄道工事

 鉄道業界は、鉄道工事の担い手の激減という現実に直面している。線路の下にあるバラスト(砕石)、電車に電気を供給する架線は、定期的に新しいものに取り換えなければならない。これらは列車が運行していない間に行う必要があり、終電後の作業となる。

 深夜の鉄道工事は過酷である。

 駅員、乗務員にも深夜・早朝に及ぶ泊まり勤務があり、身体への負担は大きい。それでも仮眠が取れるので、昼夜が逆転するわけではない。一方、終電後の鉄道工事は、鉄道が運行していない時間帯に作業をするため、完全に昼夜が逆転する。

 深夜に、強いライトを浴びながら、古いバラストをかき出し、新しいバラストを入れて、振動を加えて突き固める。体力的にキツイだけでなく、健康にも影響を及ぼしかねない。しかも、朝一番の列車に支障を与えることが許されず、緊張を強いられる。

 これらは、鉄道を支える誇るべき仕事であるが、世間から注目を浴びることはない。

 鉄道技術者の中には、普段から鉄道の変化に敏感で、新しいバラストや新しい架線に気づく人もいる。しかし、一般の乗客がバラストや架線の変化に気づくことはないだろう。

 運転士や車掌は子どもに人気があり、手を振ってもらえる。同じ鉄道でも、保線や電力に従事する彼らは、その存在すら知られることがない。

 しかも、これらの作業は、鉄道会社が行うのではなく、下請け会社に発注される。人材確保が簡単でないのは言うまでもない。

出典:2020年9月3日『JR東日本ニュース』より
出典:2020年9月3日『JR東日本ニュース』より
【写真】グラフで見る、「山手線の利用状況」と「人手不足の現状」

 JR東日本より早く、JR西日本が8月の社長会見で終電の繰り上げを発表した。その中で、「保守作業に従事する働き手は、急速に減少しており、当社のあるグループ会社では、線路保守に従事する作業員の方々はこの約10年で23%減少しました。」と言及し、JR東日本も9月3日のニュースリリースで、「当社管内の線路保守作業員は約2割が減少しています。」と同様の実態を明らかにしている。

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 このような実態に対応するため、大型機械を導入し、省力化を進めてきた。

 しかし、大型機械は人間と違って、終電が通過するまで線路わきで待機するわけにはいかず、移動・据え付けに時間を要する。そのため、作業時間が短いと十分に効果が得られない。

 作業を効率化させないと、深夜の鉄道工事は減らず、作業者の労働環境も改善しない。このままでは、鉄道工事を担う人材がいなくなってしまう。これが終電繰り上げの最大の動機である。

 鉄道関連だけでなく、建設業は就業者の高齢化が著しい。2016年時点で、全産業で29歳以下の割合は16.4%だったが、建設業は11.4%と明らかに少なかった。

 一方、55歳以上は全産業で29.3%だが、建設業は33.9%と多い。あと10年もすれば、建設業の担い手は間違いなく激減する。

 鉄道というインフラを維持するにも、その足元が揺らいでいる。深夜に鉄道工事の作業をする人たちに思いを馳せない限り、終電繰り上げの是非は語れないだろう。


文)佐藤充(さとう・みつる):大手鉄道会社の元社員。現在は、ビジネスマンとして鉄道を利用する立場である。鉄道ライターとして幅広く活動しており、著書に『明暗分かれる鉄道ビジネス』『鉄道業界のウラ話』『鉄道の裏面史』などがある。また、自身のサイト『鉄道業界の舞台裏』も運営している。