『澪つくし』が自分を作ってくれた
長い交際を経て入籍したのは、ある大物俳優がきっかけだった。
「石原プロさん製作のドラマ『代表取締役刑事』でレギュラーをもらったときに、渡哲也さんの専用バスにご一緒して、待ち時間を過ごす機会があったんです。いろいろとお話をうかがっているうちに、渡さんのほうから“川野くん、付き合っている女の人はいるのかい?”と聞いてくださった。僕はそれまで誰にも言っていなかったんですけど、つい“はい”って答えてしまったんです。
“そう。付き合い長いの?”“9年くらいですかね”“ああ、じゃあ、それ(結婚まで)いくなぁ”って(笑)」
その瞬間、ポーンっと何かに背中を突かれた気がしたという。
「“まあ。男にはいろんな道があるけど、例えば(石原)裕次郎さんはスター同士の結婚、うちの奥さんは全然違う世界。でも男は好きなものは好きで、けじめをつけるときはつけるんだよね”。渡さんのその言葉が引き金になって、『代表──』が1年間の撮影でしたから、それが終わる頃(1991年)に籍を入れたんですね」
4年後にはレポーター役をつとめていた『料理バンザイ!』のスタッフのすすめで披露宴を開いた。昼ドラ『キッズ・ウォー』シリーズのお父さん役など当たり役を得る一方で、家庭では一男一女の父となった。25歳になった長男は父の背中を追って、役者の道を歩み始めているという。
いま『澪つくし』を見て、あらためて思うことは?
「デビュー作にして、自分を作ってくれた代表作です。当時スタッフに“こんなにいい役は10年に1回しかないぞ”と言われました。そのときはわかりませんでしたが、35年がたって、あらためてありがたさを実感しています。
正直、重たい部分もありましたが、自分にとっての誇りになっています」
氷川きよし座長の熱い想いに感動!
川野の直近の仕事は「氷川きよし特別公演」(明治座/9月)。第1部『限界突破の七変化 恋之介旅日記』に出演し、貫禄の演技で華をそえた。
「氷川くんは本当にすごい。第2部の歌だけでも大変なのに、必ず朝10時から芝居の稽古をするんです。“昨日思ったんだけど、あのセリフはこう変えたほうがお客さんに伝わるんじゃないか”とか。毎日少しずつ変えたんじゃないでしょうか。まったく妥協がない。最後まで進化し続ける、やり通すエネルギーに尊敬を感じましたね」
コロナ禍のなか、劇場公演は久しぶり。
「いつもとまったく違う状況でした。コミュニケーションが圧倒的に遮断されるじゃないですか……。役について演出家と話す、共演者と話す。
そんな機会も少なくて最初はどうなることやら不安だったんですが、それでも不思議な一体感に包まれましたね。
みんなで千秋楽まで、稽古も含めて1か月半以上をどう走り切るか、ひとりひとりが真剣に考えた。同じ目的に向かってベクトルがギューンとひとつになって絶対に感染者を出さないという気概がありました」
PCR検査はスタッフ、出演者、マネージャーにいたるまで全員が3〜4回受けたという。
「千秋楽の数日前には、館内放送があったんですよ。“PCR検査、最後の結果を発表いたします”。ドキッとして聞いていたら“全員……陰性でした”と。そうしたら誰かが廊下で拍手しているんです。
思わず僕も同時に拍手して、楽屋から出ていったら、氷川くんだった! 彼も自分の楽屋から出てきたんじゃないですか。みんなと喜びたかったんじゃないですか。彼も同じ気持ちだったんだ……ああ、やってよかったなぁ、と」
その瞬間を語るうちに、あらためて思いがこみ上げてきて、目頭を熱くして絶句する川野。
「そのうち、みんな出てきて。抱き合って喜びたかったけど、あんまり接近しちゃいけないから。でも、気持ちは一緒で……すごくうれしかったですね」
同公演は11月19日から29日の日程で、大阪・新歌舞伎座でも行われる。