『35歳の少女』は何を語るのか?

 その意味でよくも悪くも作家としての毒が抜けつつあるというのが近年の印象だったが、今回の『35歳の少女』は遊川の暗黒面が強く出ていた『〇〇妻』の柴咲コウが主演だからか、悪意が強かった2010年代初頭の作風に戻ったように感じる。

 だからこそ物語の続きが気になって追いかけてしまう。

 ヒロインの成長に感化される形で家族や恋人といった周囲の人々も成長していく展開は遊川作品ならではの心地よさで、最新話(第5話)の時点では、感動的な方向で話が進んでいる。

 しかし、このまま最後まで順風満帆に行くとはとても思えない。

 やはり遊川作品ならではの“毒”が最後に発動するのではないかと不安と期待が入り混じった気持ちで観ている。それが、どんな形になるのかは想像できないが、ひとつヒントになるのは『家政婦のミタ』が東日本大震災の起きた2011年に作られた作品だったということだ。

 2011年に『家政婦のミタ』がヒット作となったのは、入水自殺で母親を失った家族が謎の家政婦によって、一度破壊された後に再生する物語に、震災で多くの命を失った日本人の絆と再生の物語として、多くの視聴者が受け止めたからだと言われている。

 おそらく『35歳の少女』は'95年に昏睡状態となった望美の視点で2020年の現代を描くことで、日本の25年を総括しようとしているのだろう。

 近年の遊川作品はクロニクル(年代記)化しており、『過保護のカホコ』では2009~2020年の11年間、遊川が監督を務めた映画『弥生 三月-君を愛した30年-』では昭和・平成・令和の3つの時代を舞台にしている。寓話的な物語の中に同時代的なメッセージを込めるのが遊川ドラマの隠し味であり、その時代の気分を読む的確さがあるからこそ、時代が変わっても遊川はヒット作を生み出すことができたのだ。

 おそらく『35歳の少女』も、2020年のコロナ禍ならではのメッセージが最終話に用意されているのだろう。それは救いのない結末かもしれないが、フィクションが現実を描くことが難しくなっているコロナ禍だからこそ、絶望をちゃんと描いて欲しいと期待している。何事も常に「良薬は口に苦し」だ。

PROFILE●成馬零一(なりま・れいいち)●1976年生まれ、ライター、ドラマ評論家。テレビドラマ評論を中心に、漫画、アニメ、映画、アイドルなどについて幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。サイゾーウーマン、リアルサウンド、LoGIRLなどのWEBサイトでドラマ評を連載中。