「〇〇人を追い出せ! 奴らは日本を乗っ取ろうとしている!」といったヘイトスピーチをここ数年、何度も耳にした。その度に怒りで爆発しそうな気持になったが、友達からその言葉を聞いたときには怒りより悲しみが全身を貫き、ひたすら涙が出た。そして、その言葉を、私が愛する大相撲から聞くことになるなんて、ショックで私は図書館で人の目もはばからず、涙を流した。家に帰って来て、相撲ファンの友達にこのことを話すときも、またワンワン声をあげて泣いた。
「外人親方はダメ」は撤廃すべき
当時の伊勢ノ海監事は《国際化するあまり、将来どんな予期せぬ出来事が起こるかもしれない。そこで評議員は日本人と限定して未然に歯止めをすることにした。外国人の力士志願者については、相撲普及のためにもなるので、これまで通りに大いに歓迎の方針に変わりない》(朝日新聞)と言っていたそうだが、これはあまりに勝手だろう。
そして、《本家をうたう日本柔道が、国際化の波をかぶってタイトルを取られ続け、国際連盟の会長など役員の座も外国に奪われている現状から、その二の舞いをさけた処置とみられている》(朝日新聞)なんだそう。
朝日新聞の当時の記者はこれを書いて、疑問を感じなかったのだろうか。時代が違うとはいえ、これはないだろう。さまざまな国の選手が活躍し、その競技を世界が愛し、戦うことのどこが悪いのだろうか? その二の舞いって……。
一方、日経はこれについて《海外巡業なども盛んにして大相撲の国際普及を図りたい、とする協会の方針とはまるで正反対の姿勢には理解に苦しむ。(中略)このように狭い視野では、大相撲はますます古典化、形骸化してしまうのではないか》と苦言を呈していた。
ちなみに何度も書くが、大相撲は国技ではない。八角理事長も本場所初日と千秋楽に行う「協会ご挨拶」で、以前は「国技大相撲」としていたものを、最近は「日本古来よりの伝統文化である大相撲」として、その点を明確にしている。
思うに、この理事会決議がされたのは昭和51年。今の協会理事たちはまだ子どもか学生で、こんなことは実は知らされてないのではないだろうか。国技館に行くと「本日の取組表」を木戸口でもらう。ここ数年そこには「差別的、侮辱的、もしくは公序良俗に反する発言や行為は絶対におやめください」という注意書きがあり、協会は、差別はダメだという立場だ。公益財団法人として当然だろう。
だとすれば、この「外人親方はダメ」(朝日新聞)なるヘイトスピーチなルールは撤廃してもらいたい。「いずれ」ではなく、次の理事会で、ぜひに。
私の愛する大相撲は過去、さまざまに変革、変遷を遂げてきた。その度にますます魅力的になった。コロナ禍にあっても、いち早く対策を立てて、ファンと一丸となって新しい形での興行を成功させている。大相撲が安心安全の中で開かれていることに、私たち相撲ファンはみんな感謝してやまない。
そして、今度はヘイトスピーチを許さないという明確な態度を見せるときだ。そうしたら、これまで大相撲に興味がなかった層をも振り向かせることになるだろう。
和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。