カギとなる「波乱万丈な人生」

 河内訛りより今後の視聴者の動向に大きく影響しそうなのが、朝ドラの黄金パターンをあえて崩すこと。家族が主人公の心の拠り所にならない。テルヲはずっと、ろくでなしのままだし、宮澤エマ(32)が演じる継母の栗子も助けてくれない。

 これまでの朝ドラのほとんどは家族が主人公を支えた。だから、主人公はどんなに貧しかろうが、奉公先で虐げられようが、いかに心が傷つこうが、耐えられた。千代は違う。出会った人たちに支えられるが、家族愛には恵まれないまま。これを視聴者がどう捉えるかが、共感度に関わってくるだろう。

おちょやん』の制作が発表されたのは1年以上前。もちろん新型コロナ禍など誰も想像していなかった。その後、視聴者マインドは明らかに変わった。今は1年前と比べ、身近な家族の大切さをより痛感している人が多いはず。家族愛が出てこない異色の朝ドラを視聴者はどう感じるのか?

 脚本は八津弘幸氏(49)。序盤が過ぎると、評価はこの人の手腕にかかってくる。『1942年のプレイボール』(2017年)などNHKで複数の秀作を書き、ドラマ番組部の信頼を得ての登板である。大胆な構成力に定評のある人だ。

 2013年版の『半沢直樹』(TBS)も書いたが、これは起用とは全く関係がない。NHKは自局のドラマを書き、評価した人にしか朝ドラと大河ドラマは頼まない。当然ながら、作風も『半沢直樹』とは似ても似つかないから、そう思って見るべき。笑いと涙の物語になる。

 これから先、どうなるかというと、千栄子さんの人生をトレースすれば、相当面白くなるはず。その人生は波瀾万丈だった。

 カフェの女給をしていた1927年(20歳)、芸能ブロダクションの新人オーディションに合格。ドラマでの千代と同じく、言葉には河内訛りが残っていたものの、当時は無声映画の時代なので問題なかった。

 その年のうちに芝居の一座に移り、さらに東亜キネマへ移籍。直後、同僚女優の不当な整理解雇に抗議し、自らも退職する。気丈で筋を通す人だった。その後、帝国キネマに入るが、ここも退社してしまう。給料が事前の説明とかなり違ったためだった。