プロの女子選手が、男子リーグに入って対等にプレーする―異例の選択が話題を集める永里優季。なでしこジャパンの一員として、2011年ワールドカップで日本を優勝へ導いたレジェンドは、国境も、男女の垣根も自由にマイペースに越えていく。チャレンジを惜しまず、伝えたいメッセージがあるから。
どんよりとした曇り空と初冬の肌寒さに見舞われた2020年11月22日の神奈川県・厚木市荻野運動公園陸上競技場。同市を本拠地とする神奈川県社会人サッカーリーグ2部の『はやぶさイレブン』がリーグ最終戦『VERDRERO港北』との一戦に挑んでいた。
1部昇格への挑戦権を得るための大一番でスタメン入りしたのが、フォワード(FW)の永里優季(33)。東日本大震災の起きた'11年に日本中を勇気づけた、女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会優勝メンバーのひとりである。
男性チームに入って活躍
女子選手が男子チームに加入するのは異例中の異例。しかし、ためらいはなかった。永里は昨年9月の入団会見で「ずっと昔から、いつか男子のリーグでプレーしたいという思いがあり、いかにそのレベルに近づけるかというのを目標にやってきました。'11年女子W杯決勝で対戦したミーガン・ラピノーが女性の地位向上を訴えていることも自分の背中を押しました。女性でも男性のチームに入って活躍できるんだとメッセージを伝えたい。サッカーをやっている女の子たちにもひとつの選択肢を作ってあげられれば」と、堂々と言い切ったのだ。
この日の試合で、彼女は兄・源気(35)とツートップを結成。試合開始から猛然とボールを追いかけ、ゴールに突き進む。「優季の技術の高さなら、このレベルでも十分にやれる」と、元・Jリーガーの阿部敏之監督(46)も信頼を寄せていたが、女子選手という事実を忘れそうなほどの存在感とオーラを放っていた。
最初の得点チャンスは前半19分。左からのボールをゴール前で受けた場面だ。みずから打てる状況だったが、より確率の高い位置にいた兄・源気にあえてラストパスを送った。次の瞬間、シュートは枠をはずす。2人はそろって悔しそうな表情を見せた。
「兄と公式戦でコンビを組むのは初めてでしたけど、お互いに考えていること、感じることが似ている。あのときは動き出しているのが見えたので、パスを出しました。決めてくれたら最高だったんですけどね(苦笑)。今回、男子チームに入るきっかけになったのは兄の存在。本当に感謝しています」
と、永里自身もきょうだいの絆を感じつつ、全身全霊を注いで63分間プレー。最終的に、はやぶさイレブンはこの一戦を2─1で勝利した。
「優季はこの3か月、ずっと自然体でサッカーをやっていました。男子のスピード感を経験して、女子サッカーのレベルを引き上げてくれると思います。下の妹・亜紗乃(31)も『はやぶさイレブン+F』でフットゴルフをやっていますし、きょうだいそろって地元・厚木のサッカー界に貢献できたのはうれしいですね」
そう話し、現在はクラブ運営にも携わっている源気は目を細めた。
家族や周囲の力強いサポートを受けながら、ジェンダーを越えたチャレンジに踏み切ったトップアスリート・永里優季。ユーチューブやツイッターなどによる発信、起業家、ドラマーと多彩な顔も持つ。そんな彼女が「人とは違う、自分らしい生き方」を選ぶまでには、どのような物語があったのだろうか。