「過去にいろいろな事件が起きているのに、(全柔連は)組織としてなかなか変わらない。そんな歴史をもつ全柔連という巨大な敵に立ち向かってきた」(石阪さん)
全柔連の会長はJOC会長でもある山下泰裕氏であり、柔道は日本にオリンピックメダルを最も多くもたらしてきた、いわば「国技」。石阪さんが、「巨大な敵」と表現するのには、そういった背景もある。
このまま戦うか、裁判所から提案された和解に従うか。迷い続けるなかで心の支えになったのは、前述した宝塚市の裁判だった。石阪さんの裁判とほぼ同時進行だったが、宝塚市教育委員会の対応は大いに励みになったという。
教育委員会が教員の体罰を告発するケースはまれ
報道によると、宝塚市は、今回の柔道事故が保護者による被害届で判明するなど対処が後手に回った反省から、犯罪行為に当たると判断した体罰について今後は市教委が刑事告発するとの指針を策定し、即日運用を始めた。
公務員の犯罪は「刑事訴訟法」で自治体に告発義務が定められているが、教育委員会が教員の体罰を告発するケースはほとんどなく、指針策定は全国でも異例だ。
背景には、2016年に発生した宝塚市の市立中学2年生(当時)の自死があったという。市のいじめ問題再調査委員会で部活動でのいじめが原因と認定されたことから、運動部活動における指導改善が喫緊の課題とされていた。
「学校や教育委員会が、事件と真摯に向き合っていることが伝わってきた。スポーツにおけるインテグリティ(誠実さ)は、大人の都合ではなく、ピュアなものであるべきだと思う」(石阪さん)
その点、宝塚市の裁判の過程では、宝塚の元顧問や全柔連の関係者が、暴力を指導の一環と受け止めているような態度が垣間見えたようにも感じられた。
宝塚の裁判で、被告人質問にたった元顧問は「(生徒らに)お灸を据えようと思った。感情のコントロールができず、正しい方向に導く思いが空回りした」と、指導の延長線上であるかのような表現をしている。全柔連の中里壮也専務理事も昨年10月、石阪さんの裁判で東京地裁に出廷した際に「正しい判断であり、体罰でもない」と主張している。
中里専務理事のこのコメントを聞いた石阪さんは、ショックを受けたという。
「息子は今も、失神させられたときに味わったトラウマと戦っている。そのトラウマを晴らすには、柔道指導を正常に行ってもらうことだと思い、6年間裁判などを通して戦ってきた。息子のことが起きた2014年は、大阪のバスケット部員だった高校生が自殺した事件の後で、全柔連は前年の2013年に暴力行為根絶宣言を出していた。でも、宣言するだけじゃ何も変わらない。改善のための具体案を示してほしい」
石阪さんが中里専務理事のコメントを聞いた10月、ちょうど全柔連は2度目の暴力行為根絶宣言を出している。それで「宣言するだけ」と不信感を抱かれてしまっているわけだ。