神奈川区の謝罪、そして横浜市による記者会見

 Aさんのやり取りに対し、疑問に思った私たちは福祉事務所に申し入れをし記者会見を行いました。すると同じ日の夕方、横浜市も記者会見を開き「対応が不適切だった」と認め謝罪をしました。

 そこで配られた『横浜市記者発表資料 神奈川区における生活保護申請対応について』という資料があります。これを見たとき、本当に反省している? と思ったのが正直な感想です。

 資料の中で横浜市は神奈川区での対応を「重要な問題と認識している」と書いておきながら、その経緯ではこう書いてあります。

《区からは、当事者の生活状況を聞き取りながら生活保護制度について説明しました。当事者より「再度関係者と相談する」と申し出があり、相談を終了しました。》

 前述した、区とAさんのやり取りの“会話記録”を読んで、あのやり取りのなかで生活保護制度の説明が十分になされていたと思われるでしょうか? また、そのほとんどが虚偽であったことを考えれば、「制度の説明」なんてよく言えたものだと、再び怒りが湧いてきました。

 そして、区側が申請の受け付けをしなかったのが、「再度関係者と相談する」と言って席を立ったAさんの意思であったかのような書かれ方をされているのも心外です。

 また、神奈川区の福祉事務所内には、「録音禁止」という貼り紙がされていることがAさんの証言でわかりました。市議が即座に動き、貼り紙撤去の運びとなりました。

 私自身、これまでの活動のなかで「録音禁止」を別の自治体で目にしたことがありますが、理由を聞けば「ほかの相談者のプライバシー保護のため」などと言うのでしょうが、それは個室の面談室にも貼ってあります。そういう自治体は、録音されたら困る事情を抱えていると考えて然るべきです。市民が公務員の言動を録音してはいけないという法律などありません。

専門職をそろえた福祉事務所で
なぜこんなことが起きたのか

 横浜市や川崎市は、福祉事務所に専門職(社会福祉士、精神保健福祉士)を採用することで知られています。この相談係も新米ではなく、福祉事務所での勤務歴8年の専門職採用でした。

 職員が一流ぞろいのはずの福祉事務所で、一体どうしてこんなことが起きるのでしょう。

 ひとつには、神奈川県に住まいをなくした方を対象にした一時滞在施設が少ないことがあげられます。個室の施設が少なく、コロナ前なら8人部屋(コロナ中は4人)の施設や、個室ならば寿町にある簡易宿泊所と選択肢が限られています。

 寿町は多様な人々を内包する懐の深い街ではありますが、そういうところに馴染めない人たちも増えてきています。それは、障害があったり、集団生活が苦手な人や若い世代の人たちや女性です。そういう人たちの一時待機場所がないから追い返す、ではなく、短期間だけビジネスホテルやネットカフェなどを駆使しながら、その間にアパートを探してもらうなどの方策をとるほうが、相談者も安心ですし、職員も志を保ちつつ誇りを持って仕事ができるのではないでしょうか。

 今回の“事件”は、対応した相談係ひとりの落ち度では決してなく、組織的なものであったと私たちは確信しています。似たようなケースがいくつも報告されていますし、状況から考えても組織的と考えるほうが自然だからです。今回の失敗を言葉だけの謝罪で終わらせるのではなく、名実ともに理想的な福祉運用をする自治体に変わっていくことを期待しています。

「私のような目にあった人が、たくさんいるんじゃないかと心配になった」

 窮地にあっても他者に思いを馳せたAさんの言葉を最後にしたためて。


小林美穂子(こばやしみほこ)1968年生まれ、『一般社団法人つくろい東京ファンド』のボランティア・スタッフ。路上での生活から支援を受けてアパート暮らしになった人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネイター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで働き、通訳職、上海での学生生活を経てから生活困窮者支援の活動を始めた。『コロナ禍の東京を駆ける』(岩波書店/共著)を出版。