住居を持たない人が生活保護申請に行くと…
無料低額宿泊所に入所するきっかけとして、ひとつはスカウトマンによる勧誘があるが、もうひとつが福祉事務所経由である。ネットカフェ利用者や路上生活者といった住居を持たない人が生活保護申請に行くと、無料低額宿泊所を紹介されるという道筋が常態化しているのだ。
「“無低に行くのなら生活保護申請を受けつける”と堂々と言う職員もいます」と、高野さんは語る。
「無料低額宿泊所の一覧表を見せて、“この中から選べ”と言うんですね。でも、一般の人にはどの施設が良心的で、どの施設が悪質なのかということは、まずわからない」
稲葉剛・小林美穂子・和田靜香編『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)中にはこんなくだりがある。
《対応したケースワーカーは、「時間がないから」と、その日から泊まる宿の説明もせず、「行けば分かる」と言って、迎えに来た車に彼を乗せた。着いた先は無料低額宿泊所。(中略)マスクもしていない老人たちがゲホゲホ咳をしている環境で、一睡もできず…》
福祉事務所が生活保護の申請者を無料低額宿泊所に行くように働きかけることについて、実は構造的な問題がある。
福祉事務所は1人で100人前後の生活保護者を担当するなど多忙を極める部署として知られている。にもかかわらず、経験豊富な専門職は少なく、人事異動の一環として行政職や事務職がケースワーカーとして配置されるのが通例になっている。業務が多岐にわたっているため負担が重く、職員にとってはできれば配属されたくない、不人気の部署だという。
多くは数年経てばほかの部署に移っていくため、個々のケースに応じて適切な判断をするための知識や経験が蓄積されない。
「経験が少ないこともあって、通りいっぺんの対応をするしかないということもあると思います」と、高野さんは語る。
そんな中、ケースワーカーはいくつも生活保護申請を新たに受理すれば、居宅への準備などの手続きに追われ、担当する生活保護者の訪問活動などに手が回らなくなってしまう。その点、無料低額宿泊所に丸投げすれば、手間がかからない。こうして、福祉事務所と施設側は持ちつ持たれつの関係ができあがっているのだ。