退院後に自画像を描く自己愛の強さ
案の定、ゴーギャンとゴッホは大ゲンカ。ゴーギャンは去り際に「おまえの自画像の耳、変な形だな!」 と小学生みたいな悪口を残して、さっさとアルルの家を出てしまう。
これが「耳切事件」に発展するわけだ。細かい状況は諸説あるが、剃刀(かみそり)で自分の耳を切り、共通の知り合いである女性に「大事にとっておいてね、これ」と言って渡し、警察に保護されて入院した。当時の新聞に「ヤバいやつ現る!」という内容の記事が出るほどの騒ぎだった。
ゴッホの「情熱」を感じるのはここからだ。彼は入院後、わずか2週間ほどで一時帰宅してアルルの家に戻り、鏡を見ながら『耳のない自画像』を2枚描く。画家として「今の感情を残しておかねば」と思ったのかもしれない。
当時、自分が一定間隔で”てんかん”の発作に襲われることをわかっていた彼は、安定した状態のうちに猛スピードで絵を描いていたという。 精神的、肉体的にボロボロで疲れきった状態にもかかわらず、一心不乱にキャンバスに向かい、少しでも作品を描こうとする狂気。一般人だったら、いったん絵筆を置いて寝るのではなかろうか。ここに、彼の画家としての並々ならぬ才能を感じる。
また、題材として「自画像」を選ぶことにも驚く。「耳を失った自分」を描くことに意欲を燃やす姿には「強烈なナルシシズム」を感じる。彼は人生のほとんどで、他人となじまずに自分の内面とだけ向き合ってきた。
自分勝手で怒りっぽいとともに、ものすごく繊細でもあったゴッホ。彼が「耳を切った自画像」を描いた背景には、「絵に対する情熱」だけでなく、生きづらさを抱えた「自分」に対しての情熱も感じられるのだ。
さて、弟が画商だったのにも関わらず、生前に売れたゴッホの絵は数枚しかない(1枚という説もあり)。マイワールドに没入していた彼は、いわゆる”売れる絵”を描かなかった、というのもその理由のひとつだ。
絵に対する情熱が強すぎて、プライベートはボロボロだったゴッホ。彼の”ヤバい人生”を知ると、より作品のエネルギーを感じられるかもしれない。
(文/ジュウ・ショ)
【PROFILE】
ジュウ・ショ ◎アート・カルチャーライター。大学を卒業後、編集プロダクションに就職。フリーランスとしてサブカル系、