もちろん、夫婦のどちらかが不倫した場合、片方が完全に黒で、もう片方が完全に白ということはありえないでしょう。不倫した側にもそれなりの理由や言い分はあるかもしれませんし、不倫された側にも責められる点はあるかもしれません。それでも、夫婦関係にヒビが入るようなことをしたという点で、どちらにより責任があるかといえば、どう考えても不倫した側ではないでしょうか。
にもかかわらず、「自分は悪くない」と開き直り、逆に配偶者を責める人が一定の割合でいるのです。責められた側も、自分は被害者のはずなのに、「不倫の責任は自分にあるのかもしれない」「悪いのは自分のほうかもしれない」などと罪悪感を覚えることがあります。
妻に「DV夫」と言われ罪悪感にさいなまれる
妻の不倫を知って眠れなくなり、私の外来を受診した30代の男性もその1人で、次のように訴えました。
「妻は『私は悪くない』と言ったんです。そのうえ、妻は『私は自由にしたいのよ。あなたの独占欲が強すぎて束縛夫だから、息が詰まりそうだったのよ。結婚生活に不満があったから、誘惑されてしまったんじゃないの。私に不倫してほしくないんだったら、あなたが私を満足させてくれればいいのよ』とも言いました。
これを聞いて、頭にカーッと血が上りました。それで、つい妻を殴ってしまったのです。すると、妻は『DVよ、DV。DV夫なんて最低よ!』と叫び、家を飛び出しました。その日の夜には帰ってきましたが、それ以来妻は何かあるたびに、僕が妻を殴ったことに触れ、乱暴だと責めるようになったのです。
そのため、僕は『妻が言うように、自分は乱暴なのか』『妻が不倫したのは、自分の束縛のせいなのか』と思い悩むようになりました。僕としては、妻を束縛しているつもりはなかったのですが、妻のほうは窮屈に感じていたのかもしれません。妻に暴力を振るったのも、あれが最初で最後なのですが、妻にDV、DVと言われると、悪いのは僕のほうかもしれないとつい思ってしまうのです」
たしかに、妻に暴力を振るうのは、ほめられたことではありません。しかし、この男性の話が事実とすれば、妻は自分が不倫したにもかかわらず、反省のかけらもなく、開き直りすぎのように見えます。しかも、自分の不倫を夫の独占欲のせいにして、夫を責めたのですから、夫が怒るのも無理からぬ話でしょう。
この男性にせよ、先ほど紹介した女性にせよ、不倫されて傷ついた被害者のはずなのに、「自分も悪いのかもしれない」と罪悪感にさいなまれています。これは、不倫した側に責められたからでしょうが、それを真に受けるところがあるようにも見えます。
不倫した側も、それを見越して「とにかく責めれば、向こうが『自分も悪い』と思ってくれるかもしれないから、こちらの非は認めず、なるべく謝らないようにしよう」と考えるのかもしれません。
先ほど述べたように、不倫がばれても、「自分は悪くない」と自己正当化し、不倫を配偶者のせいにするのは、自分が責められないようにするため、さらには自分が損しないようにするためです。
そのあたりの思惑を見抜くことができないと、被害者のはずの不倫された側が罪悪感にさいなまれ、思い悩むことになります。こういう事態を避けるには、相手の主張をうのみにせず、常に「この人は、なぜこんなことを言うのか」を考え続けなければなりません。
片田珠美(かただ・たまみ)
広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析的視点から分析。著書に『「自分が正義」の人に振り回されない方法』(だいわ文庫)、『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書)など多数。