筆者が、厚労省の感染対策の問題を象徴すると考えるのは、東京五輪で採用された「バブル方式」だ。選手や関係者の行動を競技会場、練習場、選手村・ホテルなど最小限に制限し、移動は専用車両を用いることとした。違反した場合には、制裁金や出場停止などの処分を課す。感染者との接触を断つことを、「バブル」になぞらえているのだが、五輪開幕前から感染者が続出し、「『バブル』の防御限界」(毎日新聞7月23日)などの批判を浴びた。これに対し、東京五輪組織委員会は、「15分ルール」を撤回することで対応した。
「15分ルール」とは、『アスリート・チーム役員公式プレイブック』で認められている、15分以内の単独での外出のことだ。東京五輪では、選手やスタッフの外出には、監視スタッフの同行が義務づけられているが、15分以内は例外的に認められていた。組織委員会は、「バブル」崩壊は、このような規制緩和が原因と考えたのだろう。
飛沫感染だけでなく空気感染している
この主張は合理的でない。空気感染の存在を無視しているからだ。「バブル方式」は、コロナ感染には感染者との接触が必須であることを前提としている。これは、唾による飛沫感染を重視する従来の厚労省の姿勢を踏襲したものだ。
ところが、前述したように研究が進み、感染の多くがエアロゾルを介した空気感染によることが明らかになってきた。エアロゾルは、最低で3時間程度、感染性を維持しながら空中を浮遊し、長距離を移動する。検疫のための宿泊施設で、お互いに面識がない人の間で感染が拡大したり、バスや航空機の中で遠く席が離れた人が感染したりするのは空気感染が原因だ。
SARSウイルスは空気感染することが証明されており、その類縁ウイルスであるコロナが空気感染しても、まったくおかしくない。エアロゾルの専門家たちは、流行早期から、この可能性を指摘してきたが、実証研究を重視する臨床医学の世界でコンセンサスとなるには時間がかかった。
コンセンサスとなったのは、イギリスの『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』が4月14日に「コロナ空気感染の再定義」、同じくイギリス『ランセット』が5月1日に「コロナが空気感染することを示す10の理由」という「論考」を掲載した頃だ。